取材を終えて

古美術商を営むかたわらアマチュアのピアニストとしても活動されている毛涯さんは、「ロシアはやっぱり音楽的な土壌は魅力的なところ」だと言う。街中で知り合った人と音楽を通じて交流が始まったり、古いけれど良質なピアノを無料で譲り受けたり、人と人とのつながりが刺激的・創造的なのだ。

 

毛涯さんによれば、古美術で特に面白いのは、文字がない時代のものなのだそうだ。科学にも宗教にも支配されていない。キリスト教以前のもの。そこには呪術的な思考によって作り出されたものが多いという。

 

最近、毛涯さんのギャラリーに再び足を運んだ。地中海文化圏からビザンチン、エジプトや中近東、シベリアに至るまで、広大な領域の古代や中世の古美術が展示される空間には、近現代にとらわれがちな私たちの常識をはるかに超えて、悠久な人類の営みへと連れだしてくれる知恵といざないがあった。祈ることとは何かについて考えさせる、死と生への啓示に満ちた神秘的な道具がたくさんあった

 

有用性からは遥かに遠いこうした世界に目を向けることは、使える使えないという価値判断の現代社会に息が詰まっている私たちに、大切な何かを思い出させてくれる。

(林田直樹)

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...