実は音楽好きだった父。忍び込んで弾いたピアノ

実は父は音楽が好きで、音楽家を目指していたこともあったようです。そのことを父は死ぬまで言いませんでした。家族を養うために音楽を諦めたのかもしれませんし、ものすごく我慢強い人でもありました。だから父にとって僕は生ぬるく見えたのかもしれませんね。でも僕にも考えがあって、夜中に起きて、レコードを聞いたり、月明かりの下で五線紙に音符を書いたりしていたのです。

なぜか父は、自分が勉強していた音楽の本を隠していませんでした。アルス・ノーヴァ大辞典やベートーヴェンの楽譜もたくさんあって、それを見るのが僕にとって楽しみのひとつでした。中学に入って、「1週間に1回聞くだけならいい」と父がトスカニーニ指揮の《第九》のSPレコードを買ってくれました。今考えてみると不思議な環境でしたね。

でも、もっとも不思議だったのは、夜に学校の講堂に忍び込んでピアノを弾けたことかもしれません。もう75年ぐらい前の話ですから、忍び込んだことも時効でしょう(笑)。鍵がかかったピアノのフタに定規を挟み込んで鍵を開ける方法を覚えてしまって。独学で即興曲を作って弾いて、音楽について何も知らないですから自由に楽しんでいたと思います。後になって知ったのですが、「いつも夜にピアノを弾いているのは小林先生ちの息子か」とばれていたようです(笑)。