その後、意気揚々と東京藝術大学作曲科に入学して、結局のところ作曲の虚しさがわかってしまいます。当時は現代音楽にこそ持ち味があるとされて、ベートーヴェンやショパンのような曲を書いても古くさいとバカにされるだけでした。そこで作曲家になることはやめて、指揮科で学び直すことになります。それこそ、僕にとってベートーヴェンの第九ともっとも密接につながる時に入るのです。
今年も12月に第九を7回指揮することが決まっています。巷では僕が世界でいちばん第九を指揮したと言われていますが……。
数多第九を指揮した中でも、最初に指揮をした第九の思い出は最悪でした。ある日、芥川也寸志先生から電話があり、「コバケン、僕、熱が40度を超えているんだ。明後日の新交響楽団の演奏会は出られそうもない。お前やれ」と言うのです。お前やれと言われても、第九を指揮したことがないわけです。そこから2日間徹夜で必死に勉強をしましたが、オーケストラのメンバーはちっともいい顔をしてくれませんでした。
オーケストラのメンバーにとってみれば、幼稚園児が教えに来ているようなものだったと思います。楽譜通りにガチャガチャ演奏するのを統率もできず、ただ茫然としている自分がいました。演奏会が終わって飲み会に行った時に、団員の一人が「ねえみんな、芥川先生でもう一回やろうよ」と言ったのを今でも覚えています。僕もあの指揮じゃそう言われて当然だと思いました。
そこから僕の勉強の日々が始まったと言っても過言ではないでしょう。崇高な作品に対する感謝は、度を超えた勉強が必要だと思っています。だからすべて暗譜。いい加減な気持ちで演奏されるのがいちばん嫌ですね。第九は今でも勉強を続けていて、朝6時頃からスコアと向き合います。僕のスコアは、元の音符が見えないぐらい書き込みがあります。勉強というのは、富士登山と同じで、いろいろなルートがあり、異なる景色を発見することが醍醐味です。違う景色を自分なりに解釈してオーケストラと共有して、聴きにきた方たちに伝えたい。ベートーヴェンがちりばめた想いを発見した喜びを共有したいと思っています。