「ピアノの音を通して五味太郎さんの絵の中に住む喜び」

五味 実は、絵本に物理的に足りないのが、音なんだよね。さらに言えば、匂い、手触り。で、絵本の勝負というのは、読んでいるうちに独特の音が聴こえてくる。独特の空気感がある、風が吹いてくる、香りがする。それを味わってもらえたら大成功。

絵は音を、音は絵を、無いものねだりをするムーブメント、内的な作業が喚起されるのが面白い。いい音楽って、いい風景が見えてくるよね。

「1音だけで絵本が描けるかという実験で、『ぽぽぽぽぽ』『るるるるる』なんてのを10冊作ったこともある。子どもたちそれぞれの読み方があって面白い」

五味太郎(ごみ たろう)
1945年、東京都生まれ。桑沢デザイン研究所ID科卒業。
日本を代表する絵本作家のひとり。子どもから大人まで幅広いファンを持ち、絵本を中心に400冊を超える作品を発表。海外でも20か国以上で翻訳・出版されている。主な作品に、『きんぎょがにげた』『かくしたのだあれ』『たべたのだあれ』(サンケイ児童出版文化賞)、『仔牛の春』(ボローニャ国際絵本原画展賞)、『さる・るるる』、『らくがき絵本』、エッセイ『ときどきの少年』(路傍の石文学賞)など。近著は、『ならんでいる』(絵本館)、『りょこうにいこう!』(偕成社)

樹原 たとえば「たんぽぽのたね とんでいく」という楽譜に五味さんの絵がついたら、わあ、本当にたんぽぽの種がフワ〜っとどこまでも広がって飛んでいく〜、という感じがして。

譜面台に楽譜を広げて弾くときに、音符だけだと、指が正しいかとか音が合ってるかということだけに気がいきそうですが、この絵が目に入ることによって、たんぽぽの種が飛んでいく広がりの中にいられる。弾かないで楽譜を眺めているときも、その景色の中にずっといられる。

日本中の子どもたちと同じ景色を共有しながら、ピアノの音を通して五味太郎さんの絵の中に一緒に住んでいられるという喜びが、今、とても大きくて。

ピアノを習うときに、正しく弾けるかどうかではなく、自分でいろんな喜びを発見しながら、音楽のルールを楽しくクリアしていってほしい、というのが私の願いなんです。

「自分が好きなことのどこに魅力を感じたか。そこを楽しみながら広げていくと、その人独特の世界が広がっていく」