ジャンルの名前が聴き手に与える印象

——ほかにも、「交響曲」や「ピアノ・ソナタ」、「幻想曲」、「バラード」のように、形式やジャンルも曲名に含まれていますが、ここでつまずいて聴かず嫌いになってしまう方も多そうですね。

茂木 僕は、ジャンル名は曲名の中の「都道府県」なのではないかと思っています。本の前書きにも書きました。

丸山 そうですね。私のような音楽学者としても、どうして作曲家はそのジャンルを選んで作曲したのか? という点はひじょうに重要です。そのジャンルの伝統的な構成法や書法に則っているかどうか、そうした伝統から外れているなら、どんな新しいものをどんな理由で取り入れたのか、などを紐解いていくことで見えてくる背景があるはずですから。

茂木 そうですよね。たとえばチャイコフスキーの《マンフレッド交響曲》は、どうして交響曲の形式で書かれたのか。第4番の後に作られたものだから第5番になっていた可能性があるのに、どうしてあえて番号がつけられず劇詩『マンフレッド』の名前をつけたのか。それはおそらく他の交響曲に比べて明らかに性格が異なるからだと思うのですが、だからといって「交響詩」や「幻想序曲」といったジャンルにすることもなかったのは、どうしてなのか。

チャイコフスキー:《マンフレッド交響曲》ロ短調 作品58

茂木 もしかすると出版事情の背景があるのかもしれませんし、彼自身の交響曲に対する行き詰まりがあったゆえかもしれない。作曲家はもっと柔軟に考えていて、後世に生きる私たちが勝手に必死にそのフォーマットにはめ込もうとしている可能性もある。そういったことも念頭におきながら、背景に思いを巡らせるのもおもしろいかもしれません。

丸山 「どのジャンルを選んぶのか」で、聴き手の受け取り方も変わるんですよね。たとえばシューマンも、作品を出版するにあたり「ソナタ」と付けるか、別のタイトルにするかで悩んでいたというエピソードがあるんですね。それくらい、ジャンル次第でまったく別の作品に受け取られる可能性があるのもおもしろいポイントだと思います。

曲名から作品のおもしろさを感じてほしい