ルイサダ 『東京物語』もすばらしいお手本です。基本的に動きのない中、大きな動きが起こるときはカメラがほんの少し動き、かすかに音楽が流れ、それによって観る者は涙を流します。
ピアニストは、演奏中の感情について選択的でなければならないのです。やりすぎると効果はありません。これは教える立場にいて覚えておくべき重要な点です。
――映画監督にしろ音楽家にしろ、天才はぎりぎりのところに挑みますね。どうしてそのように勇敢になれるのでしょう。
ルイサダ ステージでピアノを弾いていると、常に危険にさらされている。そいういうものだとわかっているからです。完璧は存在しません。完璧などというものが存在すると思うなら、そこであなたは終わりです。なぜなら、そんなものはどこにも存在しないからです(笑)。
日本ピアノ教育連盟の第36回全国研究大会で、ルイサダは4月にパリで行なった映像付き演奏会の再演「今宵は映画館にて」や、公開レッスンも行なった。ここでは9月3日に行なわれた講演「フランスにおけるピアノ教育の伝承~ショパンから私たちへ~」から、特に印象的だったお話を抜粋してお届けしたい。
9月3日、武蔵野音楽大学ベートーヴェンホール
インタビューの初めのほうにロシアン・スクールの話題があったが、ルイサダの師のマルセル・シャンピは、アントン・ルビンシテイン門下のマリー・ペレス・ドゥ・ブランビラの薫陶をうけた。ゆえに、ルイサダが身に付けたのはロシア奏法であるという。
その奏法とは、自分の身体を3つに分け、1)第1関節(MP関節)を盛り上げて鋼のように固く、2)前腕は鳥の羽のように軽く、3)二の腕はボディビルダーのように筋肉質にする、というもの。指先のコントロールも重要で、これは役者にたとえると発音に当たり、1)~3)は発声に当たるという。
その他にも、低音(左手の小指)がしっかりしていないと、音楽の土台がぐらぐらして崩壊してしまう。ペダルは3つ目の手といわれ、自分で研究するもの、と言った話があった。だが、これらのことがすべてできるようになるには、大変な訓練が必要とも。
また、師のシャンピには趣味の良さ――やりすぎず、足りない所もない、古典的だが温かみのあるスタイル――を保つことを教わったという。「趣味のよさ」とは、フレーズをどう構築するかということで、それは声楽・オペラからきていることから、ルネ・フレミングやヨナス・カウフマンのようなすばらしい歌手から学ぶことが大事、と話した。
さらに、若いピアニストは先生から先生へと渡り歩き、批判精神をもたずに先生の言うことを全部鵜呑みにしてしまったり、流行しているものに羊のように従ってしまうことがあるが、自分のテイストを作ること、流行りを批判的な精神で聴き「こういう理由で好き、こういう理由で嫌い」という自分の判断をもつことが大事と説いた。
(ONTOMO編集部)