――弾きごたえはいかがでしたか?
M モスクワのその舞台で、第2次予選のプログラムを弾きたいと思っていました。ですから、そのプログラムを弾くことができて満足しています。
――スヴェトラーノフの作品などを弾きたかったということですね。
M スヴェトラーノフの「12のプレリュード」の第9番《ベスニャンキ》で、春を呼ぶウクライナのダンスの音楽をもとにした作品です。ユダヤ人ピアニストのアレクシス・ワイセンベルクがアレンジしたシャルル・トレネの《パリの4月》も演奏しました。
エフゲニー・スヴェトラーノフ:「12のプレリュード」より第1番《モデラ ート》、第9番《ベスニャンキ》
アレクサンダー・スクリャービン:「3つの練習曲」Op.65
セルゲイ・ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 Op.42
ピョートル・チャイコフスキー:ピアノ・ソナタ 嬰ハ短調 遺作 Op.80
シャルル・トレネ=アレクシス・ワイセンベルク:パリの4月
――第2次予選まで進出し、そのプログラムを弾くことができました。私は、第1次予選と第2次予選を配信で拝聴し、マルセルさんはファイナルに残るかもと思っていました。結果というよりも、どちらかというとあのプログラムを披露したかったとの思いでしょうか。
M すごく迷っていた部分もあるのです。もしも受賞ということになった場合、辞退するべきかと考えていました。でも、そうすると、コンクールに出るなという話になってくる……ずっと、ずっと迷っていたところもありました。
そして、「このプログラムで受かるわけないよな」と思いながら弾くことにも、複雑な気もちがありました。でも、芸術家として、人と人との親近感はとても大切なものだと思います。モスクワへ行き、ロシアの人たちと話していても、みんな普通に「戦争を早くやめようよ」と言っていました。
――モスクワの街の様子について、私は戦時下の殺伐としたイメージを抱いていたのですが……。
M そんなことはなくて(苦笑)、みなさん普通でした。実際に、見てみないとわからない部分もあります。
今、モスクワには外国の人はあまり行っていません。外国人への敵意を持つ人が増えるなか、僕は行くべきだと思いました。
――コンクールの期間中でしたけれど、モスクワの街に出かけたりしましたか。
M 友達の家に少しだけお邪魔して、寿司を食べました。同じくコンテスタントだったロシア人のアレクサンドル・クリチコで、昔、パリでシェレシェフスカヤ先生に師事していました。
――ちなみに、マルセルさんは今回、モスクワ初訪問だったのですか。
M 2回目です。1回目はコロナ禍の前、2019年でした。シェレシェフスカヤ先生の生徒たちでコンサートをしよう、ということになり、そのモスクワでのコンサートでは僕も演奏しました。アレクサンドル・カントロフも弾きました。