スカラ座訪問と《マクベス》で子役デビュー

そして中学生時代、僕はミラノにあるスカラ座を訪れ、オペラ《椿姫》を観劇します。アルフレード役はCDでもたくさん聴いていた、世界的人気テノール歌手のジュゼッペ・サッバティーニさん。初めてのスカラ座と彼の歌声を楽しみにしていたのですが、指揮者が登場して、オーケストラの序曲の冒頭が演奏された瞬間、あまりに美しくて繊細な音色に衝撃を受けました。

もう一つ印象に残ったのは、スカラ座のオーケストラの方たちがすごく楽しそうだったこと。日本のオーケストラの人たちはわりと静かな雰囲気だけど、スカラ座のオケの皆さんは開演までおしゃべり三昧(笑)。メンバー同士もそうだし、客席とオーケストラピットで「元気か?」みたいな感じでカフェにいるかのようにフランクにやりとりしていて。でも公演が始まると、誰もが芸術家として本当に輝きながら演奏をしているんです。そして、日本とはまた違った雰囲気の観客たち。その光景を間近で見て、「劇場は本当に特別な場所なんだな」と、舞台への気持ちが高まっていくのを感じました。

そして、そのスカラ座体験のあと、僕は藤原歌劇団のオペラ《マクベス》に子役として舞台に立つことになるんです。もともと父が出演する予定の作品で、本来、その役は既に別のプロの子役さんが決まっていたのですが、本番直前にイタリア人演出家の望む「フリーアンス王子」役の背格好と“イメージが違う”ということに。困り果てたスタッフさんが、たまたま稽古場に遊びに来ていた僕を見て、「万里生くんがピッタリじゃない?」となり、一度の面談で出演が決まったんです。

13歳でフリーアンス王子を演じる田代さんと指揮者のアントン・グアダーニョ氏

2000人を収容する東京文化会館での公演が始まると、国際色豊かな大人たちが夢中になって作品を作る姿を感じられる日々。そのうえ「フリーアンス王子」は、4幕のラストで舞台中央にいる僕が剣を掲げて終わるという、すごく美味しい演出でした。歌う役ではなかったけれど、心の中では一緒に大合唱のイタリア語を歌いながら、観客が一音一音、かたずを飲んで舞台を見つめる空気を肌で感じて、「ここに再び立つためには歌手にならなければ!」と、思った。僕はこの舞台で初めて“大人の本気”を感じ、彼らを夢中にさせる『オペラ』という舞台芸術の虜になったんです。

その気持ちは、同じ年に出演した、アグネス・バルツァ主演の《カルメン》にも子役として出演したことでより強まって、「13歳」という年は、僕の音楽人生の最大のターニングポイントになりました。