藝大時代とクラシック・ファンへの想い

——大学時代はどんな学生でしたか?

井上 僕は大学の環境になじめなかったタイプで、早く抜け出したかったです。友達も3人ぐらいしかいなかったですし。今日、お昼は誰と食べようかな~と思っても、誰もいない。いつもそんな状態だから、「早くミュージカルがやりたい!」と思ってました。でも、万里生は楽しんでたでしょ?

田代 藝大では、僕の学年でも「ミュージカルやりたい」って言ったら白い目で見られる時代だったから、芳雄さんは多分、居場所がなかったと思う。僕は大学時代はまだ本格的にミュージカルと出会っておらず、オペラやオペレッタに夢中だったので、大学生活は楽しくて、仲間もいました。最近では、当時ミュージカルとは無縁だった同級生が、今のミュージカル界の盛り上がりを見て、興味を持って観に来てくれるケースも多いです。

ミュージカルを観たことがないクラシック・ファンの人って、すごく多いですけど、そんな方たちにミュージカルを観てもらうのはどうしたらいいんでしょう? そんな僕自身も、学生のときには、ミュージカルはマイクが入ってる時点で違うジャンルだと思って自発的には観に行かなかったんです。食わず嫌いな部分があった。

井上 僕は最初からミュージカルをやりたくてそっちから始めたけれど、藝大で勉強していると、自分が伝統のあるものを学んでいるという意識があったし、特に上の世代はクラシックが一番と思う方も多いと思かったかもしれない。ただ、歴史があるのは素晴らしいことだけれど、それしか演奏しないとか聴かないのは、もったいないなと。

田代 自分も、ミュージカルデビューしたのは大学を出たあとで、今思うと、もっと早く観ていたら良かったなと感じるんです。

井上 僕は、視野を広げれば広げるほど、自分のやりたいことがやれると信じていて。だから、これはクラシックに限った話ではないけれど、若い頃は、世の中のいろんなものを見たほうが絶対にいいと思うんだよね。実際、社会もどんどんジャンルの垣根をなくしていく方向にむかっている。

田代 僕はこの前、高校生のミュージカルコンクールの審査員をしたのですが、そこで入賞した方が音楽高校の文化祭で『エリザベート』をやったそうなんです。クラシックを学んでいる学校でミュージカルをやるなんて、僕の高校時代では考えもつかなかったことなので、カテゴライズの壁がどんどんなくなっていることを実感して。

小池(修一郎)先生にもその舞台の動画をお送りしたら、「層が厚くなることは、すごく嬉しいことですね」とおっしゃっていて。きっとこれから、クラシック界からミュージカル俳優を目指す人もさらに多くなっていくだろうし、ミュージカル映画とかも毎年のように新作が公開されているので、たくさんの方がこの世界に興味をもってくれるんじゃないかと期待しています。

——ちなみに、お二人が今、クラシック音楽で関心があることは?

井上 僕は、ミュージカル『ベートーヴェン』(ミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイ作)でルードヴィヒを演じて、初めてこんなにベートーヴェンの曲を歌ったなっていうぐらい歌ったんです。そこでベートーヴェンと改めて出会ったというか、これだけ長い時間、愛されている音楽の底力を感じましたね。

田代 僕は、『エリザベート』や『マリー・アントワネット』とか、西洋の作品をやればやるほど、日本ものに挑戦したくなって。例えば、オペラだったら、團伊玖磨さん作曲の歌劇《夕鶴》の与ひょう役をいつか演じてみたい。僕自身、高校生のときに栗山民也さん演出の《夕鶴》を新国立劇場で観て、すごく感動したんです。どなたか企画してください~!(笑)