田代 これまでいろいろな方とご一緒してきましたが、今の僕から見ても、千住明というアーティストの多彩さ、たとえばオペラや純クラシックの作品をつくる一方でドラマや映画、アニメの音楽も手がけられている、そんな千住さんのルーツに興味津々で。今回、お会いするのは12年ぶりになるんですが、無理を承知で対談をお願いした次第です。
千住 ありがとうございます。僕は小学校から慶應義塾に通っていて、高校時代にはもうポップスの仕事をしていましたが、大学は慶應義塾大学の工学部に進みました。それは、父(注:経営工学者の千住鎮雄)が経済性工学という分野を作った人だったので、それを継いであげようと思ったからなんです。でも、いざ進学してみたら全然才能がないことがわかって(笑)、それで藝大を受け直して入りました。
——実は私は千住さんと藝大の同期なんですが、すでに大学入学時からプロとしてお名前はとどろいていたと思います。
千住 それがね、ポップスの世界の人からは「クラシックやるな」と言われていたし、クラシックの人からは「ポップスやるとダメになる」って言われていて、でも僕は果たして本当にそうなのかな、って疑問だったんです。
だって、当時すでに坂本龍一さんが活躍されていましたし、僕も絶対に二足の草鞋を履けると思って、師匠の南弘明先生に「両方の世界でやっていきたい」って言ったんですね。そうしたら先生は「藝大生のプライドを持ってやれ」と言ってくださって、当時学外の活動が制限されていた中で教授会に掛け合ってくれたりと、バックアップしてくださいました。

田代 僕も「ESCOLTA」を始めたとき、マイクを持って歌っただけで、クラシック業界の人からは「魂を売った」的なことを言われました(笑)。当時はオペラ歌手がミュージカルに出演すると「ミュージカルの人」とオペラ界から見られ、逆にミュージカル界からは「オペラの人」と言われ、どちらの分野でも部外者扱いされた時期があったので、その感覚はよくわかります。
千住 だから、こっちの世界とあっちの世界というバリアを取り払う、それが僕の役目だと思いました。