ちなみに《マタイ》《ヨハネ》といった呼び名は、4つある福音書(『マタイ』『マルコ』『ルカ』『ヨハネ』)のどの受難記事を使ったかで決まる。
『マタイによる福音書』の受難記事に作曲したなら《マタイ受難曲》、『ヨハネによる福音書』をテクストにしているなら《ヨハネ受難曲》と呼ばれる。バッハは他の2つの福音書による受難曲も作曲しているが、残念ながら音楽は残っていない。
本来が聖金曜日の礼拝のための音楽だった「受難曲」は、今でも欧米では受難の季節によく演奏される。受難週にドイツやオランダを訪れると、小さな街の教会でも、信徒さんや地元の楽団がバッハの受難曲を演奏している光景に出会う。バッハの宗教音楽は実は身近な、生活に溶け込んだものだと感じると同時に、受難曲は「時季もの」であり、1年中いつでも演奏される類のものではないと痛感する瞬間だ。