ブルターニュ地方の小さな村で文学賞を授与されたときのこと

水林 今年の春、新作『心の女王 Reine de cœur』のプロモーションの折には、フランスに8週間滞在し、全国を巡りました。一番驚いたのは、ブルターニュ地方のサン=ブリアック=スュル=メールという小さな村から文学賞を授与されたときのことです。その文学賞は、村長さんを中心に、書店主や読書愛好家10人ほどの村人によって、毎年企画されているんです。

授賞式では講演会も用意され、人口2,000人の村なのに、なんと120人が集まりました。こんな小さな村でも、本を中心に人々が言葉を交わす文化があるということに驚きました。書物の文化や討論がDNA化しているのですね。これは日本で教職のみに専念していたときには、全然感じることのできなかったフランス社会の側面です。

また、作家が無報酬で学校を訪問し、著作について子どもたちとディスカッションするイベントも、頻繁に行なわれているのですよ。

船越 子どもたちに自分で考えさせ、批評・批判精神を育てるという目的ですね。私は物おじせず意見を主張するフランスの子どもたちを頼もしく感じる一方で、理屈をこねず勤勉に技術の練習をすれば、もっと弾けるようになるのにと残念に思う気持ちもあるのです。でも、音楽に答えは一つではありませんから、生徒それぞれの感じ方を尊重しなければならないと思っています。

水林 福沢諭吉は150年も前に、「『多事争論』という状況を作らないと民主主義は育たない」と言ったではありませんか。日本語で「批判」というと、どうしても「けなす」イメージがつきまといますが、フランス語でcritiquer(批評する、批判する)とは、もともと「詳しく調べ、吟味する」という意味です。

17世紀から18世紀にかけてのフランスでは、多くの読書クラブが生まれました。また貴族の女性のサロンでは、作家が貴族やブルジョワと対等に議論を繰り広げていました。知識の空間では、社会的身分の差が解消されたんですね。その文化が、現代では書店での討論会として継承されているのではと思います。

小説にもなった愛犬メロディーの記念碑。水林さんの小説には犬がたびたび現れ、大切な役割を果たす。