緊張とは開き直りと自分の軸で上手に付き合う

4. 本番前のルーティンは?

服部 舞台の扉が開いたら、必ず丹田を叩くことにしています。丹田をバンって力入れて叩くと、お腹に力に入って、エネルギーが集中します。私はそれをしないと、本番ですごく特殊な環境で2,000人に見つめられていると、どんどん上に力がいくんですよね。そうすると肩や首まで力んでしまってメンタルにもきて調子が出にくいので、下におろすように意識しています。

——緊張されますか?

服部 します。逆にしないほうが不安になってしまうし、一生いいように付き合っていくべき感覚なんだろうなと思います。舞いあがって頭が真っ白になってしまうような緊張ではなくて、ベストを出したいからこそ武者振るいというか、そういう力みは必要だなと思います。

練習のときとステージ上だと体の状態がまったく変わるので、それを理解しながらどう練習していくのかが大事です。本番で暴走しても崩壊しないようにとか、本番でこうなる可能性をはらんでいるからこうしとくとか、少し長いスパンでみた練習の仕方を徹底しておくと、舞い上がらないですむと思います。

5. 本番前に食べる物は?

服部 基本的に本番の前日はお肉を食べています。本番の直前は食べると血糖値が上がって眠くなって頭が回らなくなっちゃうので、そうすると指も回らなくなるので、前日までにわりと食べておきます。

6. 舞台に上がるときの気持ちは?

服部 気を散らさないように、いろんなことを考えないように心がけています。その本番で自分がどういう思いを込めていても、裏でどういうエネルギーを注いでいたとしても、その場の演奏で2,000人の人は判断するわけです。全員に対して都合のいい演奏はできないので、いちばん大事なのは、自分が曲という一つの山をどういうふうに登って、どこに魅力を感じていて、それをどれだけみなさんにわかりやすく伝えられるかだと思うんですよね。出ている音は本当になまものですぐに消えていくものなので、そこに全神経を集中させるモードに強制的に切り替えます。

——切り替えるコツはありますか?

服部 幼い頃は人の目が気になりすぎて怖かったので、すごく力わざでした。人の評価やジャッジが自分の存在意義を100か0にすると思っていたから。ブロン先生*の評価もあるから、先生に褒めてもらえたらOKだけど、だめって言われたら地に落ちるみたいな感覚もありました。でもその状態はあまり健全ではないと気づけたのが15〜16歳のときで、16〜20歳くらいまではどうするか試行錯誤して、捨身作戦みたいなものを考えました。「どうにでもなれ」みたいな(笑)。どう転んでも、別に死にはしない。舞台でどんな変な音が出て、観客からブーイングがとんでも、死にはしないわけだから、とりあえず持っているエネルギーを全部ぶちまけてくればいいんじゃない? って開き直っていました。

22歳くらいから、同世代を含めていろいろな音楽家と話すなかで、みんなそれそれのベクトルで開き直ってステージに上がっているんだなと思うようになりました。人がいれば楽しく会話ができるし、ぶつかっていったら相手が受け止めてくれて、返してくれることもあると気づけた。そういう化学反応みたいなものが舞台で展開されていくとスリルになって、恐怖がスリルに変わると刺激的ないい舞台になる。

いちばん厄介なのが、1人の舞台。1人+ピアニストのときには、ピアニストに集中していると私は意外と平常心でいられるんですけど、1人で出ると、今でも完全にコントロールできているわけではないと思います。なので、そのときのフェーズで自分が信じられる軸をもつようにしています。軸は変わるもので、毎回本番のたびに考えている気がします。ずっとこの軸でいきますと決め込むのも、変わることが怖くなってけっこう危ないなと思ったことがあって。難しいです。綱渡りです、いつも。

*註:ザハール・ブロン
ウラリスク(現カザフスタン)生まれのヴァイオリニストで、ノヴォシビルスク音楽院、リューベック音楽院、ケルン音楽大学、チューリッヒ音楽大学、ソフィア王妃音楽大学の教授を歴任。門下からはトップ・アーティストや、主要な国際コンクールの入賞者を多数輩出しており、世界3大名教授の一人とも言われる。