――ご自身がパフォーマーとしてステージに立つことは考えないのですか?
向井 以前オペラを書いたときに、最後に自分がドラァグクィーンとして登場する構想で、実際に出演したことがあります。でも、作曲家としてはジレンマがあります。演者として舞台袖にいると、客席で自分の音楽がどう響いているかを確認できない。リハーサルで細かく指示を出すことが難しいんです。今回は客席で全体を見たいと思いました。
――モーツァルトやリストのように、作曲家=パフォーマーというあり方もかつては自然にありましたよね。ロックの世界ではデヴィッド・ボウイが自らの肉体を見せることを表現の一手段として開拓したように、向井さんもそのようにされてもよいのでは?
向井 そうありたいと思っています。ただ、もともとすごくシャイな人間で、人前に出るのは好きではありませんでした。転機はスイスのベルン芸術大学に交換留学した時です。大学の手違いでパフォーマンス科に入れられてしまって(笑)。
――それは神の意志だったのかもしれませんね(笑)。
向井 そこで「今からあなたはバレリーナだ」と言われて、踊れないけど表現しなくてはならない、というような授業がありました。最初は戸惑いましたが、周りは本気なんです。「ゴリラになれ」と言われたら、精神からゴリラになる。その経験を通して、プロでなくても、下手でも、舞台には誰でも立っていいんじゃないかと思えるようになりました。
大切なのは、完璧さよりも「どういう意思で舞台に立つか」。そのプロセス自体がアートなのではないかと。最近は、自分で演じたものをビデオに撮り、演奏作品と組み合わせたりもしています。まだまだですが、これから自分が作品に登場する可能性はあります。