——お二人とも、ひじょうに異なった個性の持ち主ながら、知的なアプローチで作品の内奥に迫っていくという姿勢は共通しているように感じます。音楽的な部分も含め、お互いのどのような部分に惹かれますか?
田所 務川くんの生き様、すべてです! 彼はもう、すべてが格好いい。務川くんの音楽の特徴をひとことで言い表すなら、「音色」と「音楽の流れ」のバランスの絶妙さですね。音も構築もクリアだからこそ、彼は時間軸や空気感も自由に動かせるし、その操り方に余裕さえ漂うのも務川くんならではだと思います。
常に何かを目指している姿勢もすごいし、これほどの実力の持ち主なのに謙虚で。洗練された私生活も、務川くんしか創造できない音楽の秘密なのかな。彼の演奏を聴いていると、「ピアノ」ではなく「音楽そのもの」に惹き込まれますね。
務川 いやいや(笑)。僕は割と真面目に練習しているタイプに見られるのですが、マルセルの演奏の方がずっと、緻密に作られていて完成度が高いと思うんです。マルセルはこんなキャラに見えますが(笑)、練習を甘く見る人ではない。ひじょうに真摯に勉強し、それをフランスで積み上げ、成果を出してきた人です。彼は僕よりも遥かに奏法について細かく考えているし、繊細な表現にも長けていて、なかなかあんな音を出せるピアニストはいないと思います。
マルセルは「音色」について言及しましたが、ピアノは他の楽器に比べて、音色の変化が限られていますよね。しかし、ピアノは色を発する楽器でなければならないし、皆がピアノの音を超えた「音色」を追求している。マルセルはピアノの音の限界を突破できる数少ないピアニストの一人なんですよ。
——田所さんが師事するレナ・シェレシェフスカヤ教授に何度かインタビューしたことがあるのですが、彼女は「音楽は目に浮かんでくるように演奏しなければならない」とよくおっしゃっていました。この点は田所さんの演奏の特徴でもあると思います。お二人は作品にふさわしい音色の探求に、どのように取り組まれていらっしゃいますか?
田所 僕はパリ国立高等音楽院があまり性に合わず、レナのところで10年間以上学んできましたから、音作りに関して彼女から受けた影響は大きいです。
ピアノの音は、発した時点からどうしても衰退していきますよね。でも調子がいいときは、声のように、音の連結の過程に動きを感じるのです。音の立ち上がりではなく、その伸び方や膨らみ方でどのように音楽を描くか、いつも頭の中で別のものに置き換えて考えています。これは務川くんの演奏からもかなり感じることだけれど。
務川 置き換えるってどういうこと? たとえばボウイングとか?
田所 それもあるね。実際に聴いている音とイマジネーションを融合させる感じかな?
務川 僕は弾きながら風景が見えるとかは一切なくて、常に感情や思想に導かれています。僕の音楽の捉え方は、言葉に置き換えるとかイメージするという要素もなくはないけれども、それはアプローチとしてかなり後の方に来ます。
ピアノの音とは「物理現象」でしかなく、ピアノの演奏とは鍵盤を下ろす速度とタイミング、主にこの2つの要素で成り立っていると、僕は思っているんです。今はしないけれど、以前はこれをひじょうに計算して演奏していました。
たとえば、前後する2つの音の関係性はどちらの方が強くてどちらの方が弱いか、縦で同時に鳴らす和音のそれぞれの音のバランス、リズムの揺れやルバートがどのように起こっているのか、など、すべて説明ができて、いつ弾いても同じものが取り出せるよう目指していた時期がありました。
田所 そうだったね、憶えてる。
務川 実は、パリに来て1年後くらいだったかな、「ピアノの音色は変化させることができるか」でマルセルと口論になったことがあるんです。
田所 僕は「変えられる」と主張し、そこで「練習室に行って、ピアノで実際にやってみよう」ということになったんです。「音色が違うでしょう?」といろいろ弾いてみせる僕に、務川くんは「違うのは音量だ」って言うんですよ。