——『のだめ』といえば上野樹里さん、というくらい、今やこの作品と上野さんは切っても切れない関係になっています。天才的なピアニストというキャラクターののだめですが、上野さんご自身はクラシック音楽についてどんなイメージを持たれていたのでしょうか。
上野 クラシック音楽は日常から遠い、例えば眼科の待合室でかかっているような音楽、というイメージでした。『のだめ』の前に映画『スイング・ガールズ』でジャズを演奏する女子高生の役を演じていましたが、今度はクラシック。同じようにコメディですが音楽のジャンルとしては180度違う。クラシックとコメディって混ざり合うことができるのかな、と思っていたんですが、実際に音大には『のだめ』に出てきたキャラたち、例えば指揮科には大河内みたいな人がいたり、そんなキャラクター豊かな人たちがいるということがわかって、クラシック音楽が少し身近になりました。
——実際に演じられて、クラシック音楽との距離は近くなりましたか。
上野 もともと「クラシックはこういうもの」という概念がなかったので、このタイミングで知ることができてよかったなぁと思いました。ドラマが終了してからも「のだめカンタービレの音楽会」には足を運びましたし、そのほかではウィーン・フィルの演奏会に行ったら、『のだめ』に出てくる曲が演奏されて、この曲はあのシーンで流れていたなぁ、とか想像しながらとても楽しく聴けました。
クラシックは、時代背景を学んだりして真面目に聴くのもいいけれど、自分の人生を投影して聴くのもいいんじゃないかな、と思っています。私にとってクラシックを聴く時間は、自分の人生と向き合う時間になっていますね。
——お好きな作品はありますか?
上野 ドビュッシーの《喜びの島》とか。「千秋先輩、恋しちゃってルンルン♪」って思いながら聴いてます(笑)。
ドビュッシー:《喜びの島》
——茂木さんはクラシック音楽監修というお立場でこの作品に関わってこられたわけですが、実際にどういうお仕事をされてきたのでしょうか。
茂木 「クラシック音楽監修」というのは、原作者の二ノ宮知子先生の発案で、クラシック音楽に携わっている人たちがこのドラマを見て「ありえない」「ウソっぽい」と思ったりすることがないようにしてほしい、というオファーを受けました。ですから、脚本の段階から、そういうことがないように細部までチェックしています。
——これまでドラマの世界では、クラシックの高尚なイメージを利用したりしてBGMとして使われるのが圧倒的に多かったと思うのですが、『のだめ』はそういうクラシックのイメージを変えたと思います。
茂木 その通りです。曲が演じているんですね。例えばラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、のだめがプロのピアニストになることを決意するという重要な場面で登場しますが、僕が聴いても、音楽大学で苦労したこととか、音楽家としてやっていくことを決意したときの気持ちとかが蘇ってくる。まるでセリフが語るように音楽が語るという使い方を、二ノ宮先生がしているんですね。そこが『のだめ』という作品が音楽ドラマとして息の長い、強い力を持ちえた要因だと思います。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
——三浦さんは、小さい頃からクラシック・バレエをやっていらして、クラシック音楽には親しんでこられたんですよね。
三浦 母がピアノ講師だったので、常にクラシック音楽が流れている家でした。ですから、実家を離れた今でも、クラシック音楽を聴くと心が落ち着きます。
今年2月には『キングダム』という舞台に出演しましたが、楽屋ではメイクをしながらクラシックを聴いていました。僕にとってすごく気持ちを上げてくれる曲があるので。
——お好きな曲はありますか。
三浦 チャイコフスキーの序曲《1812年》かラヴェル《ボレロ》とか……上げたらキリがないですね。バレエ・ダンサーとして一番好きなのは、やっぱり『ドン・キホーテ』です。
チャイコフスキー:序曲《1812年》、ラヴェル:《ボレロ》
ボストン・バレエ団の公演映像より『ドン・キホーテ』
——今回、みんなが大好きな千秋先輩を演じられるわけですが、ご自身なりの「千秋像」のようなものがあれば教えてください。
三浦 みんながメロメロになる憧れの的、ですよね。そういう風に見えなければいけないわけですが、どうやったらいいのか……。
上野 大丈夫でしょう、彼は。だってクラシック音楽を聴いて育ってきた人ですもん。もう千秋先輩そのものですよね。英才教育を受けてる。(ドラマで千秋先輩を演じた)玉木宏さんは聴いてきてないですよ(笑)。
三浦 いやいや……「玉木さんじゃないのか!」とファンの方から怒られそうですが(苦笑)。幼少の頃からいいものに触れて育ってきた完璧主義の千秋先輩が持つ、他の人とは違うところが表現できたら、と思っています。あとは、千秋先輩のちょっと可愛いくてダサいところは出せるかなあと(笑)。
茂木 三浦くんを見ていると、こういう指揮者っているなぁって思うんです。目がクリクリしていてちょっとユーモラスだけれど、芯には強い力がある人。だから「怒られるんじゃないか」って言うけど、全然そんなことはないと思うよ。
上野 私がパーソナリティを務めているラジオ番組「Juri’s Favorite Note」の第2回のゲストがピアニストの反田恭平さんだったんですが、モスクワ留学時代に氷点下でお風呂もない部屋で過ごしたとか、今すぐドラマになるようなエピソードがてんこ盛りで。クラシックの演奏家って舞台を見るとみんなタキシードを着てビシッとしていますが、裏では結構シビアだったり(笑)、私たちのお仕事とも通じるものを感じました。
——反田さんがショパン・コンクールのファイナルで弾いたショパンのピアノ協奏曲第1番は、のだめがヨーロッパ・デビューするときの曲ですね。
上野 オクレール先生の指示を無視して、間違ったデビューをしてしまうときに弾く曲です。コンクールでこの曲を弾く反田さんを見ていて、自分がのだめを演じたときの気持ちがリンクしました。『のだめ』を通してクラシックをより楽しめることもありますし、また『のだめ』からクラシックの世界に入っていくこともできるんだなあ、と改めて思いました。
反田恭平さんがショパン国際ピアノコンクールのファイナルで演奏したショパン:ピアノ協奏曲第1番
——では最後に、クラシック・ファンに向けてメッセージをお願いします。
上野 舞台では演奏シーンなど、ブラウン管を通してとはまた別の楽しみが生まれるのではないかと思います。クラシックの名曲がたくさん出てきますし、千秋先輩の解説やのだめの表情など、「のだめの世界から見るクラシック」というのをぜひ体感してほしいです。
三浦 『のだめ』は大好きな作品で、それが生の舞台になるというのは、僕自身が客席で観たいくらいです。素敵な作品を皆様にお届けできるようにがんばります。
茂木 クラシック音楽のファンの方たちが観て「我々の世界をよく知っているね」と思っていただけるような、本当の意味でのクラシックの魅力を届けたい。それが二ノ宮知子先生の『のだめカンタービレ』という作品の精神でもあります。音楽の部分ではできる限りのことはしますので、何かあったら僕に言ってください(笑)。
2023年10月シアタークリエにて上演
のだめ役: 上野樹里
千秋真一役: 三浦宏規
原作: 二ノ宮知子『のだめカンタービレ』(講談社「Kiss」連載)
演出: 上田一豪
クラシック音楽監修: 茂木大輔