舞台に上がるときは腹をくくってスッキリした気持ち

5. 本番前のルーティンは?

沖澤 ルーティンはあまりありませんが、楽譜は全部めくるかな。 本番で見る見ないかかわらず、これから指揮する曲を1ページ1ページめくるようにしてます。

6. 本番前に食べるものは?

沖澤 冒険はしないで、お腹に優しいバナナやリンゴが多いです。揚げ物や辛いものは食べないようにしています。

7. 本番前は緊張するタイプ?

沖澤 ほどほどに緊張します。初めての曲やすごく難しいコンチェルトなど、自分でどうしようもない要素があるときはより緊張しますが、ガチガチに緊張するってことはそんなにないです。

——舞台に上がられ始めた頃からですか?

沖澤 楽器の演奏に関しては、子どもの頃はそうでもなかったんですけど、大学に入ってから声楽科や器楽科の友達の伴奏を試験でするようになって、 すごく緊張するようになっちゃって。それで、もう舞台でピアノを弾くのはやめようと思いました(笑)。指揮のときはそんなに緊張しないんですけど、自分がなにか演奏しないとっていうときはすごく緊張します。

今でもよく、暗譜していないのに舞台に立つ夢とか、自分がオペラ歌手で、なにも立ち稽古とかできていないのに、もう舞台袖にいてスタンバイしてる夢とか見ます(笑)。

——……オペラ歌手になりたいと思われたことは?(笑)

沖澤 ないですね(笑)。いちばん自分から遠い存在だと思うのですが、そういう悪夢をよく見ます。

8. 舞台に上がるときの気持ちは?

沖澤 舞台に上がるときは、もう腹をくくって結構スッキリした気持ちです。リハーサル前はす ごく脳が忙しくて、いろいろなことを考えますし、 リハーサル中も音を聴きながらいろいろ組み立てる必要があるんですけど、本番は「もう演奏するだけ」っていう、けっこうさっぱりした気持ちです。

——どうやったら腹をくくれますか?

沖澤 「やってもしょうがない」って思うことですかね。もうできることはないので、その本番だけうまく弾こうと思ってもできないって経験からわかっているから、とにかく集中するしかない。余計なことを考えずに、演奏に集中するっていうことですね。あとは、やっぱリハーサルでどれだけ信頼関係を築き上げられるかだと思うので、不安が残る演奏会って正直ないわけではないんですけど、それでも「本番は集中力!」っていつも思っています。

本当はゴロゴロしていたい!? ほかの音楽家の練習熱心なところから刺激を受ける

9. もっとも衝撃を受けたコンサートは?

沖澤 いくつかあるんですけど、藝大在学中に聴いたテミルカーノフさんが振ったショスタコーヴィチの「交響曲第13番」です。もうなんか圧倒的な音が出てきた。最初の音に打ちのめされるっていうか、 オーケストラってこんな音がするの? って本当に度肝を抜かれて。男声合唱が入ってからは、曲の怖さと迫力に、帰りたくなったんですよね。夢見心地とかじゃなくて、あまりの気迫に。もちろんその曲の内容もあるんですけど。気絶しそうでした。でもそれがあって海外に行こうと思いました。

10. いちばんの思い出の曲は?

沖澤 井上道義先生の講習会でオーケストラ・アンサンブル金沢を初めて振らせてもらったときのモーツァルトの「交響曲第39番」です。藝大の試験以外ではほとんど初めてプロのオーケストラを振ったと思うのですが、いつもピアノで受けているレッスンと全然違う感覚でした。しかもオーケストラ・アンサンブル金沢ってコンパクトで、モーツァルトが十八番だし、自動的に“わぁ”って演奏が広がっていくような感じがして、すごく感動して。その演奏がきっかけで井上先生が「アンサンブル金沢に来ないか。君はモーツァルトの音がちゃんとしたから」と言ってくれました。

そのときにコンサートマスターの方に「これからいろんなことがあると思うけど、今みたいに楽しく指揮をしてほしい」と言われました。そのときはプロのこんなに上手なオーケストラとコンサートができて嬉しくてしょうがなくて、緊張はしていたけど、楽しいのは当然だったので、なんでそんなこと言うんだろうと思いました。今ではコンマスの方の言葉はけっこう思い出します。

——お仕事としてされていると、楽しむのが難しいと感じることもありますよね。

沖澤 やっぱり演奏以外のことでたくさん責任が出てくるので、 頭がそっちに支配されそうになるときがあります。でも、やっぱり演奏する瞬間だけは そういうことを取り払って、純粋に楽しい音楽だったら楽しむ。演奏する喜びっていうのは、いつもむしろ音楽に教えてもらってる感じがします。

11. 共演してみたい人は?

沖澤 この間ベルリンの州立歌劇場で《ばらの騎士》を聴いたんですけど、そのときに元帥夫人を歌っていたユリア・クライターさんが素晴らしくって、一発でファンになっちゃいました。どうしても彼女と共演してみたい!

12. いちばんおもしろかった共演者は?

沖澤 ハープの吉野直子さん。京都市交響楽団の定期で1月にドビュッシーとタイユフェールで共演しました。子どもの頃からずっと憧れだったんです。お会いしてみたら、いい意味ですごく自然体でした。ふっと舞台に出てきて、切り替えがなくてそのままだけど、ものすごい気品があって……。共演したときに、 「よし、コンチェルト!」っていう感じがしなかったんですよね。自然体で演奏されていて、だけど、引き締めるところは引き締めてるっていうか。とても素敵でした。

13. ほかの音楽家から学んだことは?

沖澤 たくさんありますが、やっぱり常に練習すること。京響をはじめとするオーケストラの方もそうですけど、とにかく練習熱心ですよね。皆さんすごく責任感も強いし、自分が常に最高の演奏をしたいという気持ちで、向上心を持って練習している。私はもともと自堕落な人間だから、すごく影響を受けて、 自分もやらなきゃと思います。いろんなことを調べたり、面白い本を教えてくれたり、刺激を受けています。

あとは、フリーランスですごく不安定な仕事なので、ほかのソリストや指揮者の先輩方からは、家族とのバランスをどうするかについても学ぶことが多いです。

——自堕落なんですか!? ストイックできっちりされたイメージでしたが……。

沖澤 全然です。ずっとゴロゴロしてたいです(笑)。

——それは意外です!

沖澤 チェロは全然練習しなくてうまくならなかったんですよ。ピアノとオーボエは好き。好きというか、練習と思わずに吹きたい弾きたいと思ってたから。指揮も、楽譜を読むのが好きだからやってるだけで、自分がやりたくない仕事だったら、あっという間にダメになると思います。

14. 憧れの音楽家は?

沖澤 ブーレーズさんです。自分がどうあがいてもなれない頭脳とテクニックに憧れますね。やっぱり自分と違うタイプの方に憧れます。

15. 1日に何時間くらい指揮(音楽)の勉強をする?

沖澤 平日は娘が保育園に行くので、8時から15時までが自分の時間です。でも楽譜やリブレットを読むようなすごく深い思考が必要な作業は、4時間が限界ですね。それ以上やっても惰性になっちゃうので。あとの4時間はメールをしたり、録音を聴いたり、参考の動画を見たり、ピアノを弾いたり。8時間のうち半分は集中して、半分は楽に過ごしています。