——お国柄を感じたエピソードや、カルチャーショックだったことを教えてください。

菅野 ハンガリーは1989年まで社会主義国でしたが、その跡は未だあるようです。

例えば、コンサートの拍手です。ハンガリーに来て初めてのコンサートではとても驚きました。まだ1曲目の終わりだというのに、お客さんの拍手が次第にまとまり、まるでアンコールが始まるかのような熱狂的なものでした!

あとから同僚に聞いた話によると、まだハンガリーが社会主義国だった当時、この拍手は最大の敬意を持って相手を労うものだったそうです(諸説あります)。

今ではこの拍手にも慣れましたが(笑)、ハンガリーにきて一番のカルチャーショックでした。

2022年のクリスマスコンサートより。C.P.E. バッハの《マニフィカート》という合唱付きの曲を演奏中なのですが、冬の教会は暖房がなく、室内気温が2度まで下がるので、みんなコートを着て演奏するんです(笑)

菅野 また、オーケストラのリハーサルは毎日朝9:00から12:00までと決まっています。みなさん午後は音楽学校で教えたり、別のお仕事があるようです。

意外なことに土日は仕事がお休みです。ハンガリーではカトリック教徒が非常に多く、土日は安息日という概念があるため、コンサートを1番やりそうなイメージのある土日を安息日として、月曜日の夜など、平日にコンサートをよくやります。

なので、金曜日までにリハーサルを終わらせて、土日に寝かせて月曜日にコンサートをする流れができています。

ハンガリーの作曲家を積極的にとりあげ、民族色がこれでもかと出る

——「この国に来てよかった!」と感じるのはどんなことですか?

菅野 とにかく人が温かいです。同僚もそうですけど、よくコンサートに来てくれるお客さんと街で会うと気さくに話しかけてくれますし、音楽鑑賞教室のあとは子どもが寄ってきてくれます。

今年の元旦、ニューイヤーコンサートより。後ろのスクリーンには「Boldog új évet kívánok(明けましておめでとうございます)」と書いてあります。ヨーロッパにはお正月の三ヶ日という概念が無いため、弊団は毎年元旦からニューイヤーコンサートをしています。

菅野 オーケストラの仕事で言えば、特にバルトークやコダーイ、リスト等のハンガリーの作曲家を取り上げたコンサートが非常に多いことです。それまで自分の中では馴染みのなかった作曲家を改めて勉強できることはとても幸せなことですね。

また、ハンガリー民謡などの曲を盛り込んだ作品を演奏する際は、自国の音楽を知り尽くしているためか、同僚の演奏の説得力が半端ないのです。ハンガリーの民族色がこれでもかと出ていて、もうついていくのに必死です。毎日勉強させていただいています。

ただ、弊団に限らず、ハンガリーではショスタコーヴィッチと、ブルックナーの演奏機会がほぼないです。ショスタコーヴィッチは“ソ連の作曲家“というイメージがいまだに強く、お客さんのみならず、奏者も嫌厭する方が多いようです。ブルックナーはどうやら単純にお客さんに理解されないようで、なかなか演奏の機会に恵まれません。

セーケシュフェヘールヴァールの街並み

——今のオーケストラで一番思い出に残っている演奏会や曲目を教えてください。

菅野 僕が首席フルート奏者として就任して初めてのコンサートで演奏したレオ ヴァイネル(Leo Weiner)という作曲家の《セレナーデ》です。ヴァイネルもハンガリーの代表的な作曲家の1人ですが、きっと日本ではあまり有名ではないかと思いますし、恥ずかしながら僕もこのときに初めて知りました。

フルートのSoliから始まり、まるで自分の実力を試されているかのような、とても緊張したコンサートだったのを覚えています。

ヴァイネル《セレナーデ》

菅野 他にもフェレンツ ファルカスやラースロー クラリなど、日本では滅多にお目にかかれない作曲家の作品を演奏することができ、日々新たな発見があり、とても充実しています。

就任した当時から“外国人”は僕1人でしたので、良くも悪くも、どうしても目立ってしまいます。オーケストラのど真ん中に日本人が1人。周りの目や期待、プレッシャーはとてつもないですが、今ではそれも楽しいと思えるようになりました。

初仕事は郷土料理のお祭りだった

——おすすめのローカルフードがあれば教えてください。

菅野 Lecsó(レチョー)というハンガリー風のラタトゥイユです。家庭によって全然味が違うらしいので、日本でいうところの味噌汁のような位置付けだと勝手に思っています。

僕が入団して初めてのお仕事は、レチョー祭りという街の企業がそれぞれのレチョーを作ってお客さんに振舞うという、なんとも面白い体験でした。

パプリカとトマト、ベーコンをひたすら煮込んだ真っ赤な料理ですが、決してからくはありません。とても健康的な味がします!

日本にもハンガリー料理のお店がたくさん存在するので、ぜひみなさまもご賞味ください。

レチョー祭りでアルバレギア交響楽団が作っている途中のもの。
菅野力 フルートリサイタルツアー
札幌時計台公演

日時: 2023年7月16日(日)19:00開演

会場: 札幌時計台ホール

共演: 山神壮平

曲目: ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲(ピアノソロ)、シャミナーデ/星のセレナーデ、フォーレ/ファンタジー、ゴーベール/ロマンス、タファネル/「魔弾の射手」の主題による幻想曲、フランク/ソナタイ長調

問い合わせ: 011-200-9003(15時以降)

札幌大谷学園公演

日時: 2023年7月17日(月祝)14:00開演

会場: 札幌大谷学園百周年記念同窓会ホール

共演: 山神壮平(ピアノ)

曲目: ウェーバー/「オイリアンテ」の主題による序奏と変奏曲、シューマン/アダージョとアレグロ、ライネッケ/3つの幻想小曲集、シューベルト/「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲

問い合わせ: 011-200-9003(15時以降)

釧路公演

日時: 2023年7月22日(土)14:00開演

会場: 北海道立釧路芸術館 アートホール

共演: 山神壮平(ピアノ)

曲目: ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲(ピアノソロ)、グリーグ/ソナタ第2番ト長調、フランク/ソナタイ長調

問い合わせ: nyanchu.1p2f1p9f@gmail.com

静岡公演

日時: 2023年7月30日(日)14:00開演

会場: 静岡 辻の杜クロスホール

共演: 大森雅弘(クラリネット)、山神壮平(ピアノ)

曲目: シューマン/3つのロマンス、ブラームス/ソナタ第1番ヘ短調、ダンツィ/コンツェルタンテ、ほか

問い合わせ: 080-6928-1307、chikara.10246@gmail.com

美浜公演

日時: 2023年8月5日(土)14:00開演

会場: 美浜文化ホール

共演: 岩本果子(ピアノ)

曲目: オルバースレーベン/ファンタジーソナタ、シューベルト/「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲、ほか

問い合わせ: 080-6928-1307、chikara.10246@gmail.com

満丸彬人×菅野力 フルートデュオリサイタル

日時: 2023年8月27日(日)14:00開演

会場: ルンデ(愛知県名古屋市)

共演: 満丸彬人(フルート)、金澤みなつ(ピアノ)

曲目: 矢代秋雄/2本のフルートとピアノのためのソナタ、プッチーニ(内門卓也編)/「蝶々夫人」の主題によるファンタジー、ドップラー/2本のフルートとピアノのためのソナタ、ほか

問い合わせ: 070-4196-5662

ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...