「オーストリア的解決法」が演奏にも表れる

——お国柄を感じたエピソードや日本とは違うなぁと感じる点を教えてください。

森武 オーストリアには、白黒をはっきりつけない「オーストリア的解決法」というものがあります。双方の顔を立てて、誰も傷つかない、良い意味でなあなあな妥協点を探すのです。特に古都ウィーンではその傾向は顕著で、「物事をはっきり言うのは下品」みたいな風潮があります。京都に少し似てるかもしれませんね。

これは音楽にも当てはまり、例えばウインナーワルツの前打音なんかは、拍の前でも拍の頭でもなく、その間くらい、何処の拍にもかっちり合っていないぬるっとしたリズムで演奏します。これがとても魅力的で人間的で、すごくオーストリアらしさを感じます。ウィンナーワルツの3拍子を正三角形にしない、というのもよく知られた例かもしれませんが、3拍子の場合、デフォルメしてリズムを崩し過ぎないのが「本場」とされているようです。かっちりし過ぎないお国柄なのかもしれませんね。

例えば、ワーグナーなど長いオペラではこっそりお菓子を食べながら演奏することもあります。これにはコツがあって、まずお隣さんに勧めて罪悪感を減らし、ユーが食べるならミーもしょうがなく食べよう、みたいな共犯的雰囲気を作ってから食べるのがシキタリのようです。ベテランさんは演目ごとに良きタイミングをわきまえていて、その方が振る舞う秘密のお菓子のおかげでオーケストラの音色が再びフレッシュになります。ホントです。 

——これまでに一番カルチャーショックだったことはなんですか?

森武 病気のときは演奏会を休め、と言われたことでしょうか。風邪をひいたときには本番でも休まなければいけない決まりで、医師の診断書があれば国からオーケストラに補助金が出るし有給も減りません。コロナ後には日本の考え方も少し変わってきたかもしれませんが、当時はとてもびっくりしました。

また、「健康診断を受けたい」と病院に行っても、「君はすこぶる健康そうだから帰って」と追い返されたこともあります。そんなのありか、と当時は思いましたが、医療費も全額税金から賄われているので、それはそれで良い考え方かなとも思います。次回の帰国時は人生初の健康診断を受ける予定なので楽しみです。 

——「この国に来てよかった!」と感じるのはどんなときですか?

森武 うちのオーケストラは大抵週末が休みなので、僕はほとんど毎週末、教会でミサ曲を弾いています。クラシック音楽の中でも教会音楽が特に好きで、わからないながらも、毎回ラテン語の歌詞を勉強してから演奏に臨みます。モーツァルトが結婚式を挙げたシュテファン大聖堂や、マリア・テレジアが結婚式を挙げたアウグスティーナー教会など、長い歴史のある場所で何百年も毎週続いているミサで演奏できるのはとても感慨深く、クラシック音楽の源流に触れている気分になります。  

シュテファン大聖堂
カールス教会

——今のオーケストラで一番思い出に残っている演奏会や曲目を教えてください。

森武 ロンドンのBBCプロムスで演奏したドヴォルザークの7番がとても印象に残っています。プロムスの会場であるロイヤル・アルバートホールはとにかく巨大で、音響に多少の慣れが必要です。慣れない音響にオーケストラが縮こまってしまいそうになったとき、音楽監督のマリン・オルソップがオーケストラに対して「私を信じてついてきて」と強い眼差しで牽引してくれ、結果とても良い演奏会になりました。あの眼差しは今は亡きマリス・ヤンソンスにとてもそっくりで、この二人のマエストロの目は印象的で今でも忘れられません。

ロンドンで行なわれるBBC プロムスの様子。
メイン会場のロイヤル・アルバートホールは8000人の観客が集う。ドリンクなどを片手に気軽に音楽を楽しめる。

——おすすめのローカルフードを教えてください。

森武 ケバブ ドイツで生まれたトルコ風ストリートフード。肉と野菜がパンに挟んでありとてもボリューミーで美味しい。  

ゲルムクヌーデル プルーンジャム入りの蒸したパンにカスタードクリームとケシの実をかけてあります。蒸しパンは日本のあんまんにそっくりの食感です。 

シュバインス・ブラーテン 旧ハプスブルク領であったオーストリア、チェコ、南ドイツなどの名物料理で、豚肉をじっくりオーブンで焼くので調理に時間がかかり、週末料理の代表でしたが今はお店によっては平日でも食べられます

マリレン・クヌーデル・アイス  アイスサロン「ティシー」の団子アイス。バニラアイス団子の中にアプリコットジャムが入っていて本当に美味しい。 

バックヘンデルサラダ サラダの上に揚げた鶏肉を乗せて、カボチャの種から絞った油をかけます。シュタイヤー地方の名物料理。

カイザーシュマーン 巨大なフライパンで作る、オーストリア式パンケーキ。南ドイツなど、旧ハプスブルク領ではよく見られます。

ツヴィーベルロストブラーテン 焼いた牛肉に赤ワインソースをかけ、カリカリにした玉ねぎを散らしていただきます。オーストリアの定番家庭料理で、日本人の口にもとってもよく合います。

カフェ「ランツマン」のチョコバナナケーキ これを食べなければ死ねない!

ザルツブルク サンクト・ペーター修道院のミルクパン ザルツブルクで700年続く超老舗のパン屋で名物の「ブリオッシュ」と呼ばれるミルクパン。モーツァルトが生まれる前から、同じ水車で粉を挽き、同じレシピ、同じ石釜で焼かれ続けています。シンプルですが、焼き立ては人生が変わるほど美味しいです。モーツァルトが食べていた当時とまったく同じものを味わえるのはオーストリアならではだと思います。

ケバブ
ゲルムクヌーデル
シュバインス・ブラーテン
マリレン・クヌーデル・アイス
バックヘンデルサラダ
カイザーシュマーン
ツヴィーベルロストブラーテン
カフェ「ランツマン」のチョコバナナケーキ
ザルツブルク サンクト・ペーター修道院のミルクパン

森武大和さんが登場! 月刊誌『バンドジャーナル』ワンポイントレッスン

ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...