――そして、今回のメインディッシュは、いまの英国で最高の人気を誇る作曲家、ジョン・ラター(1945年生まれ)の名作《グローリア》です。
佐々木 私は以前ラターの「レクイエム」を指揮したことがありますが、彼の音楽は20世紀の作品にしては技法的にすごくシンプルで、それでいてピュアで美しいのが最大の特徴です。
《グローリア》も、まず編成が面白い。オルガン、金管アンサンブル、打楽器、そして合唱。中世から教会で使われてきた金管楽器とオルガンの組み合わせは、いわば王道ですが、ラターの手にかかると「古くて新しい」、実にナチュラルで斬新な響きが生まれます。
また、この曲はもともとアメリカのアマチュア合唱団のために書かれたという背景もあって、プロが演奏しても、アマチュアが演奏しても、それぞれの楽しみ方ができる絶妙なバランス感覚があります。
難しいハーモニーを多用せず、リズムやハーモニーの進行がスッと心に入ってくる。第3楽章などは変拍子の嵐でスリリングですが、決して宗教曲としての美しさやバランスは失われない。このバランス感覚こそ、保守的かもしれないですけれど、ラターの良さなんだと思います。
勝山 オルガニストとして、ラターの作品は合唱の伴奏で弾く機会が多いのですが、この《グローリア》はほんとうにオルガンの使い方が巧みです。
第1楽章と第3楽章では、オルガンは声と完全に「融合」し、歌を力強く支える、いわば金管楽器群の一員のような役割を担います。オルガンは声とも金管とも寄り添える楽器ですが、ラターはそれを熟知している。
ところが、静謐な第2楽章になると、オルガンはまったく違う表情を見せます。歌とは別の動きをする、完全な「伴奏者」になるんです。この対比がひじょうに面白い。
英国が「合唱王国」たる所以は、こうしたオルガンと声が一体となった素晴らしいレパートリーが豊富なことにあると思います。エリザベス女王の式典でもそうでしたが、オルガンと子どもたちの歌声が響き合う光景は、ほんとうに美しいですよね。
佐々木 この《グローリア》が世界的に支持された理由があるとすれば、まずは「爽快さ」だと思います。
音域的にも、特段にきついとか、出しづらい箇所がなくて、だいたいアマチュア・オーケストラの中で吹ける音域内です。ハイトーンというほどのものもないし、あまり難しく書かれていませんが「やりきった感」がある。
気持ちよく演奏できて、なおかつ変拍子などでスリルも味わえる。すごくシンプルに書かれていて、でもちょっと「一癖ある」というのが、刺激的なんじゃないかなと思いますね。