ポリーニが活躍する以前に評価された巨匠ピアニストは技巧を高め、解釈の範囲で作品に手を入れながら自身のピアノ芸を誇るピアニストが多かった。「ホロヴィッツの《展覧会の絵》」、「グールドが弾くバッハ」といったピアニストがあっての作品演奏という言説が成立するのは、極言すれば作品を聴くのではなくピアニストを聴いているのだ。だからポリーニよりわずかに上の世代は作品よりもピアニストによりフォーカスされる時代だった。「ピアニストを聴く」時代だったといってもよい。それをポリーニは変えた。
作品の構造美を摘出し、それにふさわしい音色を選び、音響空間美へとつなげた。結果、ポリーニのピアノで演奏、録音された作品は、次々と作品が主体となる演奏解釈として圧倒的で並び立つもののない標準となった。
さらにポリーニは同時代の作曲家とコラボレーションして、過去から脈々と受け継がれてきた音楽と現代の音楽を音脈の中で位置づけた。先述の際立った3つの特質がポリーニを新時代の、そして世界最高のピアニストとして確たるものにした。
作品構造の強固さ、音色の追及、選び抜かれた音色によるダイナミックな構築的空間美。ポリーニの特徴がすべて反映される作品がリスト「ピアノ・ソナタ」である。同曲はポリーニの出現を待っていた、そんな気すら思い起こさせる演奏である。