夕映えの光をたたえたピアノ

しかしポリーニにも老いは訪れる。若き日のクリスタルの硬度まで磨かれた技巧で、響きまでコントロールされた音は、2000年代に入ってからは影を潜めてくる。音を基礎にダイナミックな構築的空間美を作品から引き出したポリーニのピアニズムは、老いとともにほころびが見られてくるようになった。

そのような中でも若き日の自分と向き合いながら、なおも内面に蓄積された表現や解釈と、それらを実現したくとも難しくなる身体の衰えとポリーニは格闘した。そのため成熟と老いを演奏表現として両立、均衡させる難しさを聴き手は強く印象づけられた。

若き日を知る聴き手ほど多くの複雑な思いを持っていたに違いない。リサイタル前後半でトップフォームが維持されることはなかったが、リサイタル後半はポリーニならではの音色で成熟したピアノを聴かせ、長年のファンを酔わせた。夕映えの光をたたえたピアノとでも言えようか。この頃、例えばシューマン《幻想曲》では、柔和でより自由なポリーニの姿が演奏に映し出されていた。

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いま振り返れば、収録された1998年頃のポリーニがピアニストとしての成熟と技巧の均衡点だった。成熟したポリーニの強靭なピアニズムの中に、自由で柔和な表情が覗き始めたのがこの頃。平凡な1つの主題をポリーニが変容させていきながらも、一幅の絵として仕上げる構成力が見事である。