歌の国ロシアと歌曲の系譜

元来、ロシアは詩の国であり、また歌の国そして声の国でもあるといわれている。

ロシア正教会ではオルガンや器楽は使わず、「人の声」でのみ祈りの言葉を聖歌としてきた。ロシア正教会の聖歌は、鈴と鐘の音以外はすべて無伴奏の歌であったため、ロシア語の歌詞と旋律の関係が自然と磨かれていった。

ドミトリー・ボルトニャンスキー(1751〜1825)の合唱曲や聖歌などに、その世界を知ることができる。

それとは別に、世俗の音楽界からロシア五人組の一人、ムソルグスキーがロシア歌曲に言葉と音楽の奇跡的な融和性を見せ、ロシア語のイントネーションを主体とした曲作りに成功した。

歌曲集『子供部屋』『死の歌と踊り』や、《蚤の歌》などの有名曲はもちろんのこと、歌劇《ボリス・ゴドゥノフ》はその集大成として評価が高い。

ムソルグスキー:歌劇《ボリス・ゴドゥノフ》

一方、チャイコフスキーも歌劇の作曲家として名高く、劇中のアリアなど名作にあふれているが、歌曲も多く、《ただ憧れを知る者だけが》(『6つの歌』Op.6−6)などがある。それらはムソルグスキーと比較すると、どちらかといえば洗練された旋律重視の作風といわれている。

チャイコフスキー:《ただ憧れを知る者だけが》

聖歌の長い歴史を背景に、ロシア語の力強さと美しさにこだわったムソルグスキーの歌曲、旋律でロシア語の響きを美しく表現したチャイコフスキー、と言えそうだ。

そして、両者のハイブリッドとでも言ってよい作曲家がラフマニノフだ。ラフマニノフは、ロシア歌曲において重要な作品を数多く残した。