若く才能あるラフマニノフには、多くのファンがいたとされている。とくに女性との関係は、仕事仲間からもっと親密な関係まで、多彩な交流が記録に残っている。そんな深い関係を示すように、いくつかの歌曲を女性たちに捧げてきた。
作家で詩人でもあるマリエッタ・シャギニャンとの関係は『14の歌曲』Op.34(1912)などに表れており、シャギニャンからいくつかの詩を提示され、それらにラフマニノフが曲を合わせて作曲されたという。
ラフマニノフ『14の歌曲』の終曲で、もっとも有名な《ヴォカリーズ》
また、アンナ・ロドゥイジェンスカヤとはさらに情熱的な関係であったそうだ。アンナは、ラフマニノフがモスクワ音楽院時代から親しかった音楽家ピョートル・ロドゥイジェンスキーの妻であり、ラフマニノフとはプラトニックな不倫関係にあったとさえいわれている。
そのアンナに捧げられた『6つの歌』Op.4(1890〜93)第1曲は、“いや、お願いだ、いかないでくれ”という思わせぶりなタイトルであることからも、親密な関係が伺われる。
ラフマニノフ:『6つの歌』第1曲“いや、お願いだ、いかないでくれ”
なお、ロシアでは作曲家がロシアの詩人たちの詩に寄せた歌曲の数々を、「ロマンス」とよんでいる。ただし、ドイツ・リートのように詩をベースにした一連の連作歌曲として作品を残した作曲家は少ない。
ラフマニノフも折りに触れて作曲した歌曲が多く、『6つの歌』などとタイトルがついている歌曲集も、曲同士に関連はなく、作曲された時期もバラバラであることが多い。結果として、『6つの歌』を通して演奏する意味はあまりなく、それよりも異なる歌曲集から演奏者が自由に選び、プログラムを組むことが普通である。