小林美恵/ヴァイオリニスト

©Akira Muto
わたしの1曲/ピアノ三重奏曲

高校に入学し、ピアノの友達に誘われて初めてピアノトリオを弾くことになった。ラヴェルの「トリオ」だった。今思うと、なんと大胆な! と驚くが、それがラヴェルとの最初の出会いだった。世の中にこんなにも美しく、脆く儚く、大胆で緻密で情熱的で謎めいた世界があるのかと虜になった。

その後、「ヴァイオリン・ソナタ第2番」を聴いた時は興奮で椅子から転げ落ちそうになったし、「ヴァイオリンとチェロのソナタ」をフィンランドの教会で聴いた時は、姿は見えないけれど天使の声を聴いたように思った。「ハバネラ形式の小品」にはめまいがして気を失いそうだったし、「フォーレの名による子守歌」には流石! と唸った。

ラヴェルの曲との出会いはいつも衝撃的な強い印象を残してくれる。どの曲も別々の顔を持ち、いろいろな世界を見せてくれるけれど、いつも懐かしい思いで胸がしめつけられそうになるのはどうしてなのか? もしかしたら、それは「子供と魔法」の最後の2音と同じものなのかもしれないとも思う。

150歳、お誕生日おめでとうございます。次作の発表はいつになりますか?ヴァイオリン曲だといいな。また息が止まるような美しさと驚きの連続でしょうか?

今回、初めての出会いを振り返ってみて、好き過ぎるが故に、暫く弾いていなかったトリオを、また弾きたいと思っています。

小林美恵

齊藤純子/メゾソプラノ歌手

わたしの1曲/ピアノ協奏曲ト長調~第2楽章

大切な1曲と訊かれて、まず声楽曲なら《シェエラザード》だろうか、と反射的に考えましたが、本当に大切に思う1曲を挙げるなら、ピアノ協奏曲の第2楽章以外に考えられません。クラシック音楽全体の中でも、もっとも好きな曲といっても過言ではないほどです。主題がイングリッシュホルンで再現されるところで昇天しそうになります。細かい音が多く、豪華で輝かしいラヴェルの作品も素晴らしいのですが、私がもっとも惹かれるのは、いろいろな音を削ぎ落とし、楽譜を見ても余白の多そうな、シンプルな楽曲です。

数年前バスク地方を訪れた際にラヴェルの生家を見ました。150年前あの家で生まれたのかと思うと感慨深いです。最近飛行機で自伝映画『ボレロ』を観ましたが、ラヴェルの脳の手術に関するドキュメンタリーも観たことがあります。ローマ賞を獲れなかったラヴェル、戦争に行ったラヴェル、お母さんを深く愛したラヴェル、スキャナもない時代、闇雲に頭を開けられてしまったラヴェル……。

彼の音楽には魔法のような輝きがありますが、私は音数の少ない、調性感があってゆったりとした作品がとくに好きです。全作品を網羅しているわけではないのですが、数年前に新国立劇場で出演した《子供と魔法》では、合唱シーンやお姫様の直後の場面が印象に残っています。ほかに思い浮かぶ曲では「3羽の天国の鳥」「亡き女王のためのパヴァーヌ」なども心に染み入ります。

大学時代中村浩子門下でフランス歌曲に惚れ込み、パリではカミーユ・モラーヌ氏の指導を仰ぐ機会もありました。以降期せずしてオペラやオラトリオを中心に活動してきましたが、近年は初心に帰り、今は亡き師匠から学んだことを思い出しながら、旧友である市川景之氏と、一時帰国の際フランス歌曲のサロン・コンサートを東京で開催しています。

オーストリアで歌った「マダガスカル島民の歌」、パリで歌った「クレマン・マロのエピグラム」も、近い将来再演したいです。バリトンの曲ですが、「ドン・キホーテ」にもいつか挑戦してみたいと思っています。また「シェエラザード」をオーケストラで歌うのが夢です。

ラヴェルの音楽は、これからも私にとってかけがえのない存在です。

Le génie qui imprègne votre musique, à la fois simple et d’une complexité bouleversante, m’accompagnera longtemps.
Avec la plus grande admiration et reconnaissance,

Junko Saito

阪田知樹/ピアニスト