ショパンらのピアノ作品とは異なり、独自の強い性格をもつ管弦楽のための“夜想曲”は全体で3つの部分からなり、第3曲は女声合唱を伴います。最初の2曲がまず1900年の演奏会で披露され、全曲初演は1901年に行なわれました。第1曲の〈雲〉はクラリネットとファゴットに始まり、フルートとハープによるパッセージが新鮮な印象を与えて、弦のピッチカートで静かに終わる、全体的に空を流れゆく雲を想起させる楽曲です。

『commmons: schola vol.3』Debussy編で“教授”も「〈雲〉を聴いたときに、ありありと、たぶん1900年頃の、ドビュッシーが見ていたであろうパリのどんよりとした雲を、頭の中でイメージできた」と語っています。

[13]ドビュッシー:交響詩《海》 第2楽章〈波の戯れ〉

交響詩《海》は人妻との不倫関係や妻の自殺未遂事件など、スキャンダルまみれの私生活から逃れるかのようにして1905年に仕上げられた作品。幼い頃に伯母の住むカンヌで体験して以来、海はドビュッシーにとって憧れの存在で、かつては船乗りになるのを夢見たこともあったようです。単に海の情景を音楽的に表現したのではなく、ここには記憶や心象風景が写し出され、海に対する強い想いがそのまま楽譜に注ぎ込まれ、感覚すべてが管弦楽の言葉となって、表情豊かに流れ響いているようです。

第2楽章〈波の戯れ〉でも、とりとめなく移ろう波の戯れや色彩の変化などが繊細に描き出されています。“教授”曰く「ただ、僕がその《海》の中でもなぜ、とくにこの第2楽章が好きなのかというと、比較的フォルテが出てこないということがあるんですね」※『同』Debussy編より。

1905年に出版された《海》初版の表紙。

[17] ジョベール:映画『巴里祭』より〈巴里恋しや〉(リス・ゴーティ)

革命記念日を翌日に控えて祝祭ムードに沸き立つパリの下町を舞台に、心を通い合わせた男女のすれ違いの恋物語を描いた巨匠ルネ・クレール監督、円熟期の最高傑作『巴里祭』(1933年)の主題歌で、作詞も監督自身の手によるものです。

作曲を担当したモーリス・ジョベール(1900-1940)はニース出身。ジャン・ヴィゴ監督の『新学期・操行ゼロ』(1933年)および『アタラント号』(1934年)、ジュリアン·デュヴィヴィエ監督の『舞踏会の手帖』(1937年)、マルセル·カルネ監督の『霧の波止場』(1938年)…などフランス映画史に残る傑作の音楽を数多く手掛けた、あのトリュフォー監督とドルリューの黄金コンビも敬愛した天才作曲家です。この曲はここで聴かれる、デパートの帽子売り場の売り子からシャンソン歌手に転向したリス・ゴーティの歌唱で、日本でも大ヒットしたそうです。