——つまり、今は音符が少ないほうがより難しく感じるのですね。

S.C そういうことです!

——今回、ラヴェルのすべてのピアノ・ソロ作品を録音して、どのようなことを感じましたか?

S.C ドビュッシーと比較したときのラヴェルの音楽の違いを、しっかりと伝えたいと思いました。

初めて触れると、ドビュッシーとラヴェルの音楽は似ていると感じるかもしれません。両者には和声的に多くの類似点があるからです。しかし、想像力豊かでどこか抽象的なドビュッシーとは異なり、ラヴェルの音楽はとても理知的です。ラヴェルは自分が何を表現したいのかをしっかり把握していました。私がパリで師事したミシェル・ベロフ先生は、ラヴェルが自作を“解釈”する人を好まなかったと教えてくださいました。彼の作品はひじょうに精密に書かれているため、解釈の余地があまりないのです。だからこそ、とても難しいと感じました。

そこで私は、音質、色彩、質感、雰囲気にこだわることで、自分なりの表現をすることにしました。例えば、《夜のガスパール》の「絞首台」。

音符の数が少ないという意味では「スカルボ」より難易度が低いかもしれませんが、作品の正しい雰囲気を捉えることは簡単ではありません。そこで、音質、色彩、質感、雰囲気に集中して弾くことを心がけました。

——ソンジンさんの場合、そのような制約の中での試みのほうが居心地がよいと感じているのでは? それとも、自由に演奏できる音楽のほうがお好きですか?

S.C わかりません……どちらにも良さがあって、どちらも好きです。

たとえば、私にとってJ.S.バッハの音楽は、解釈の余地が大きいものです。彼の音楽は保守的と見なされることもありますが、とくに現代のピアノで弾く場合は、さまざまな可能性を探求してよいと思っています。だからといって、ラヴェルの音楽が窮屈だとも思いません。パリに暮らしていた頃にたくさん触れたことから、フランス音楽に対しては自然な感覚があるからです。

いずれにしても、私はどんな作曲家を演奏するにしても、苦労しながらもがいていますから、「気楽に弾ける」と感じる作曲家はいません(笑)!