以来、井上氏はショスタコーヴィチの作品を改めて学び直し、家にあった名曲辞典に「15曲のなかで一番の駄作」と評されていた交響曲第12番にも果敢に挑んだ。

楽譜を徹底的に読み込み、録音を聴き比べ、そこに隠されたスターリンの名前を暗示するモチーフを発見したときの興奮を、井上氏は今も忘れない。

「とっくに死んでいる作曲家と本気で話し合う、それが指揮者の仕事。でも、生きている人とすら本当に理解し合えるか分からないのに、死んだ人とどうやって話すんだよ」

笑いながらも、井上氏は「それでも向き合い続けることが、演奏の本質だ」と断言する。