ブラニーク~祖国の困難に復活する騎士たちが眠る山

第6曲は《ブラニーク》だ。ブラニークとは山の名前で、プラハとターボルの中間からやや東に行ったところにある。

この山にはひとつの伝説がある。ここに、10世紀の王ヴァーツラフ1世の率いる騎士たちが眠っていて、祖国が困難に陥ったときには彼らが復活し、救いに現れるというものだ。

スメタナは、この話をちょっとアレンジする。《ターボル》と同じ「汝ら神の戦士」の旋律を使うことで、10世紀ではなく15世紀のフス教徒たちが眠っているということにしたのだ。

スメタナと同時代に生きた19世紀チェコの画家ヴェンツェスラフ・チェルニー作「チェコを救うため出発するブラニークの騎士たち」

悲劇的に終わった《ターボル》のあと、《ブラニーク》では、《汝ら神の戦士》が悲壮な行進曲として始まる。しかしそれはやがて勝利の行進曲へと変化する。最後に高らかに鳴り響くのは、チェコ民族の苦難の歴史を丘の上で見守ってきた古城、あの《ヴィシェフラド》の旋律だ。

スメタナが《わが祖国》で描きたかったもの

スメタナが何を描こうとしたかは明らかだろう。19世紀のチェコにおいて、フス戦争は、チェコ民族の民族闘争として再評価されていた。そこに、ブラニーク山の伝説をつなぐことで、スメタナは、ハプスブルク帝国の支配下にある現代のチェコ人の苦難と闘争、そして来たるべき勝利を描こうとしたのだ。

《わが祖国》から60年後の1939年、ボヘミアとモラヴィアはドイツ第三帝国の保護領となる。それからしばらくすると、ナチスは《わが祖国》、特に「ターボル」と「ブラニーク」の演奏を禁止した。ナチスは、この2曲のもつ力に気づき、恐れていたのだろう。