舘野 いいですね。この曲、僕も弾いていますよ。吉松隆さんの編曲でね。
畠中 ありがとうございます。なにか僕にアドバイスがあればうかがいたいのですが。
舘野 アドバイスなんてとんでもない。人がなんと言おうが、自分でこれは正しいんだと思ったことをやっていければ最高ではないですか。だからこれは孤独な世界。絶対にね。自分で切り開いていかなくちゃいけないものです。
畠中 胸に染みます。僕、障がいを負ってから、体の中に違う人が入ってきたような感覚があるんです。もう一人の、ちょっと動かない、頑固な人が入ってきたみたいな。自分の主観と客観がぱかっと割れたような感じ。
健常と障がいを負っている右と左が体の中で会話して、それが音楽になっているような気がしています。
舘野 もし、僕にそういう感覚があるとすれば、妻が1か月前に亡くなった。その感覚はいままで考えたこともなかった。自分の半分以上のものがどこかに行っちゃったんだ。そういう感じはあります。
もう86歳だけど、こんなことは生まれて初めて。自分でもびっくりしています。ちょっと考えると涙が出てきてしまう。
畠中 そんな大変なときに……今日は本当にありがとうございました。
舘野 いっしょにがんばりましょう。
舘野泉 著
四六判・272ページ 定価2530円(本体2300円+税10%)
音楽之友社 6月上旬発売予定
孤高のピアニストが語る音楽への愛と出会い
2015年~2021年にかけて『音楽の友』誌で掲載されたエッセイ「80歳の屋根裏部屋」「ハイクポホヤの光りと風」の待望の書籍化。60年を超える演奏生活を振り返りながら、作曲家とのかかわりや自身の音楽観について語る。
「ハイクポホヤは、僕にとってもマリアにとっても、夏の間に40年生活したとても大切な場所。だからこの本の締めはやはり彼女のことでなければいけない。妻に捧げる本になります」