タン・ドゥン それに対して、酒は情熱とひらめきをもたらします。私が指揮台に立ち、世界各地から集まった人々と中国の文化を分かち合うとき――情熱の炎、速度、詩の奔放な燃焼――まさにそれこそが、中国の精神が私に与えてくれた洞察です。酒は魅惑的な媒体です。神と人間を結び、人と人を結び、人間を自分自身とも結びつけます。
ベートーヴェン生誕250周年を記念して作曲した私の《合唱協奏曲:九》では、それを3楽章に拡張し、それぞれ「九」「酒」「時」と題しました。中国語で「九」は「ジウ」と読まれ、その音は「酒」をも意味し、「永遠」をも示唆します。私は異なる世界、異なる時代の詩人たちを求めて、台本を構成しました。
第2楽章では、1300年前の李白の詩に拠りました。月影の中の友との語らいを描いた、自然についての何と美しい詩でしょう。ここで酒は、人間と自然を、人間と詩を結ぶ媒体となります。
こうして酒は、私が外へと向かい、文化と時間と空間を越えて世界と対話するための橋となります。一方、茶は、私が自分の真の姿へと立ち返り、魂を見つめるための鏡となるのです。

――第2幕では、茶についての美しい言葉がたくさん出てきます。「苦さの中に宿る緑の夢、うら若き命の上に散る赤い葉」「貴重なる緑の黄金、茶は薬となり、贈り物となり、貨幣となり、飲み物となった」。これらは何かの引用ですか、それともあなた自身の言葉ですか?
タン・ドゥン 私はさまざまな伝統から得た物語を活用しましたが、台本の言葉そのものはすべて自由で、私自身の言葉によって生み出されたものです。たとえば「音を見て、色を聴く」、これはまったく私自身の言葉です。また『金瓶梅』(きんぺいばい、明代の長編小説)の表現や自然のイメージも用いており、それらの意義を反映した二重の意味で使っています。
私は長年にわたり、水、紙、陶器を楽器として使おうとしてきました。「茶」をテーマに中国と日本でリサーチの旅をする中で、「オーガニック・ミュージック」がすでに両国に存在することに気づきました。たとえば日本では、茶室に入る前に石の手水鉢で手を洗います。その瞬間、洗われるのは手だけではなく、心と精神も清められる。このように見ると、オーガニック・ミュージックとは生そのものに関わるものです。私はこれをひとつの概念として茶のオペラへ取り込もうと決めました。
『茶経』の著者・陸羽も、水、風(紙の音)、火、陶器について書いています。それゆえ私は、茶の湯に必要なすべての要素が不可欠であるがゆえに、『茶経』に書かれたすべての要素をこのオペラの音楽へと織り込みたかったのです。

『TEA ~茶は魂の鏡~』で紙・水・石が楽器として使われる場面