憧れから迷いに……。コロナ禍を経てたどり着いた表現

――“メロディ”を初めて踊られて約21年、振り返ってみていかがですか。

上野 もう20年も経つんですよね。長く踊っているので、当然心境も変化してきました。最初は憧れていた作品を踊れることがただ嬉しくて。

そのあとは、歴代の素晴らしいダンサーたちが踊ってきた作品だけに、思っていた以上に周囲の人たちやお客さまが求める理想が高いことを知り、なかなかいい踊りができない、憧れていた“メロディ”像に踊りが追いついていかない、何かが違う……と自分を責める日々でした。嬉しさや喜びが、いつしか迷いになり、しまいには嫌いになってしまって。

――そんなことがあったのですね。

上野 作品を好きなことに変わりはなかったのですが、踊ることがイヤになったんです……。“日本人の女性ダンサーでたったひとり踊ることを許されている”ということがプレッシャーでしたし、時には「『ボレロ』をウリにしないでほしい」と言ったことも。

でも、この5、6年の間に何度か「自分のものが見えてきたかな」と思える瞬間に出会えて、ようやく手ごたえをつかめてきたような気がしています。とくにコロナ禍を経て最初に上演した〈ニューイヤー祝祭ガラ〉(2021年1月)でそれを感じましたね。

ダンサーとスタッフが一丸となって、「『ボレロ』をお客さまに見てもらいたい!」という強い気持ちで挑み、踊ることに対してこれまでにないくらいシンプルな気持ちで舞台に上がれたんです。何も考えずに音楽に身を投じ、作品に身を投じ、ただただ踊る。これは今までに味わったことのない感覚でした。

そこから〈HOPE JAPAN 2021〉や〈上野水香オン・ステージ〉で踊っていく中で、徐々に自分ならではの“メロディ”が見えてくるようになってきました。

2024年に開催された「東京バレエ団60周年祝祭ガラ」で、『ボレロ』の“メロディ”を踊る上野水香 ©Kiyonori Hasegawa

――踊るうえでとくに意識していること、大切にしていることはありますか。

上野 ご存知の通り、振付はとてもシンプルですよね。ウルトラCの超高難度なテクニックが出てくるわけではないですし、誰にでもできる動きではあるんです。でも、そのシンプルで簡単な動きを、いかに“ただならぬ者”として魅せるか、そこに“メロディ”の難しさがあると思います。

ただならぬ者として魅せるには、音のニュアンスだったり、最初から最後まで作品全体がクレッシェンドになるようにする会場全体の巻き込み方だったり、どういう世界を持って中心で踊っていくかにかかっていると思うので、どれだけ音に敏感に反応し、音楽と一体になれるかということが大事だと考えています。