フレージングの話でいえば、ピアノが人間の声や弦・管楽器と決定的に異なるのは、音を出した後に再び膨らませる機能を持たないことです。「ディミヌエンドの楽器」などと表現されることもあるこの特性はフレージングに大きな影響を与えていて、ピアノの音楽には、たとえ楽譜に書いてあったとしても、他の楽器にあるような「レガートを伴うクレッシェンド」は存在しません。
いくつかの連続する音をだんだん強く打鍵していっても、それは連続したアタックが発生する=複数のディミヌエンドが連続することで「全体としてだんだん大きくなっているように聞こえる」だけで、他の楽器にあるような自然な音の膨らみとは違うものになってしまうのが難しいところです。
ダニエル・バレンボイムは「ピアノにおけるクレッシェンドとは精神的なものである」と語っていますが、ピアノにおける「レガートを伴うクレッシェンド」の技術の本質は、究極的には「実際の音量としては大きくなっていない(むしろ小さくなっていることもある)ものを大きくなっているように錯覚させる」というところにあります。