ショパン通なら一度は訪れたい、その足跡

ショパンは、郊外のジェラゾヴァ・ヴォラで生まれ、物心つく前に家族でワルシャワに移り、20歳までの青春時代を過ごしました。そのため、ワルシャワにはショパンにゆかりのあるスポットが点在します。

ここでは、会場のワルシャワ・フィルハーモニーから徒歩でアクセスできるスポットを紹介します。ショパンの過ごした生活圏や感じていたであろう気候、そこに住む人々の雰囲気を体験することは、きっと彼の音楽を深く知る手立てにもなるでしょう。音楽を聴く・演奏するうえでインスパイアされることがあるかもしれません。

サスキ公園〜ショパンが幼少期に住んだ場所

ワルシャワ中心部に広がるサスキ公園は、朝の散歩にもぴったりの静謐な空間です。木々の合間を歩いていると、遠くで子どもたちの笑い声が響き、かつてこの地に暮らした若きショパンの姿がふと重なります。

園内には、ショパン一家がワルシャワで最初に住んだ建物の跡地があります。かつてこの地に建っていたサスキ宮殿は、ワルシャワ中等学校として使われ、父ミコワイはここでフランス語を教えていました。少年ショパンも、この敷地の一角で音楽の芽を育んでいたのです。

入口近くにある「無名戦士の墓」では、絶えることのない炎が灯され、衛兵が毎正時に交代します。澄んだ空気の中に響く足音と衛兵の姿からは一瞬緊張感が漂い、ポーランドの人々が歩んできた歴史を静かに語りかけてくるようです。

噴水が美しいサスキ庭園

聖十字架教会〜ショパンの心臓を拝みに

ワルシャワ大学の向かいにたたずむ聖十字架教会。淡いベージュの外壁と繊細な装飾が印象的な、バロック様式の教会です。パリで没したショパンが残した「心臓は祖国へ持ち帰ってほしい」という遺言に従い、姉のルドヴィカが持ち帰ってきた心臓が安置されています。

ショパンコンクールは、ショパンの命日である10月17日は空き日となっているのが恒例で、この日はこの教会を会場に、追悼コンサートが行なわれます。コンサートには多くの市民がつめかけ、立ち見の聴衆でいっぱいに。今年はピアニストのヴァディム・ホロデンコによるモーツァルト《レクイエム》のピアノ・ソロ版(編曲:カール・クリントヴォルト)が演奏されました。会場に集った多くの人々の想いがひとつになり、ショパンを偲ぶ特別な時間となりました。

ショパン研究所のレーベルからCDもリリースされているホロデンコによる演奏

ショパンの命日に開催されたモーツァルトの《レクイエム》演奏会の様子。ポーランド人をはじめ、ショパンに想いを寄せる人々で教会内は埋め尽くされた
教会の柱の陰、プレートの下に眠るショパンの心臓は、今も静かにこの街を見守っている

ヴィジトキ教会〜ショパンが弾いていたオルガン

ワルシャワ大学のすぐ隣に立つヴィジトキ教会は、戦火を免れて残った数少ない歴史的建築のひとつです。白く輝く外壁をくぐると、柔らかな光に包まれた聖堂が広がり、その奥にショパンが学生時代に演奏していたオルガンが今も残っています。

彼は1825年、この教会で日曜ミサのオルガニストに任命され、礼拝で音楽を奏でていました。ここで出会ったのが、初恋の人といわれるコンスタンツィア・グワトコフスカ。オルガンの音に導かれ、淡い恋心が音楽とともに芽生えた場所でもあります。

教会内に足を踏み入れると、若きショパンが奏でるパイプオルガンの音がどこかから響いてくるようで、時間が静かに巻き戻されていくような錯覚を覚えます。

ショパンが通っていた学校の生徒のためにミサが行なわれていたヴィジトキ教会。1825年にショパンはそのミサのオルガニストに任命された
ショパンが演奏していたパイプオルガンも現存する(パイプは大部分入れ替えられている)