ワインづくりと直感 演奏とインスピレーション

――以前ブルゴーニュのワイン製造家の方を取材したことがあるのですが、「自分が直感による行動だと思っていることは、実は長年の経験の蓄積がもたらす答え」というお言葉がとても印象に残っています。“インスピレーション”と“練習”の関係に似ているなと思いました。

M 僕も完全にそう考えています。僕はスピリチュアルな感覚を頼りにすることはまったくないのですが、本番でいちばん良い演奏ができることはよくありますね。

――練習とはある意味、自分の演奏を再現性のあるものにしていくことです。一方で、インスピレーションとは何か? どこからくるのでしょうか? 

M 僕は、音楽の構築に沿って響きのバランスを模索し、ホールの音響や楽器によってテンポやタッチのタイミングを変えるなど、音色にまつわるさまざまな物理現象的なことを、意識して行なっています。それが積み重なって、自分の中で無意識のものとなり、すべてが一つにつながる瞬間、それが“インスピレーション”だと僕は思うのです。

音楽的な理想像を実現するために練習をする、しかしいつもその順序だとは限りません。日々の練習が、インスピレーションを運んでくれることもあります。

たとえば、僕がショパンの作品を練習している。譜面に従って弾き、手や指が動きますね。何度も繰り返して“練習”しているうちに、その動作、いわば身体性の面から「ショパンはこのような表情を望んでいたのではないか」とひらめくこともあるのです。ショパン自身、音色だけをイメージして書いていたのではなく、音楽がピアニストと一体となる感覚をよく知っていたはずですから。

――そういえば、そのワイン製造家の方は、経験から気づいて行なっていたある醸造技術に、実は科学的な根拠があったと知り、それが仕事の正確さと品質を上げることにつながったのだとか。

パリの自宅での練習風景 ©船越清佳