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2020.11.14

『〈無調〉の誕生』の著者・柿沼敏江が第30回吉田秀和賞を受賞!

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公益財団法人水戸市芸術振興財団は、第30回吉田秀和賞を発表した。

平成2年に創設された吉田秀和賞は、優れた芸術評論を発表した人に対して賞を贈呈し、芸術文化を振興することを目的として、同財団が運営している。

第30回目となる今回は、昨年に引き続き、審査委員に水戸芸術館の設計者である磯崎新と評論家の片山杜秀を迎え、候補書籍の総数135点(音楽31点、演劇17点、美術50点、映像23点、建築9点、そのほか5点)の中から、『ドナルド・ジャッド―風景とミニマリズム』(水声社/2019年7月刊)の著者、荒川徹、および『〈無調〉の誕生 ドミナントなき時代の音楽のゆくえ』(音楽之友社/2020年1月刊)の柿沼敏江の二人に決定。

今年度は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、贈呈式は開催せず、正賞の表彰状および副賞(各100万円)の贈呈を11月中に行なう予定だ。

柿沼敏江『〈無調〉の誕生 ドミナントなき時代の音楽のゆくえ』についての審査委員選評、および著者のコメントは下記のとおり。

柿沼敏江(かきぬま・としえ)
京都市立芸術大学名誉教授。静岡県出身。国立音楽大学楽理科卒業後、御茶の水女子大学大学院修士課程修了。カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程を修了し、PhDを取得。2001年より2019年まで京都市立芸術大学で教鞭をとる。
著書に『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』(フィルムアート社、2005年)。主要訳書にジョン・ケージ『サイレンス』(水声社、1996年)、アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』(みすず書房、2010年、ミュージック・ペン・クラブ音楽賞)、スチュアート・ホール編『カルチュラル・アイデンティティの諸問題』(大村書店、2001年、共訳)などがある。

審査委員・片山杜秀による選評

調性音楽から無調音楽へ。その扉を開いたのはシェーンベルク。さらにウェーベルン。その続きとして第二次世界大戦後の西欧前衛音楽があり、そういう流れが西洋音楽史の進歩史観的記述において幹を成す。長年の常識と言ってよい。音楽史の教科書にもたいていそう書いてあるだろう。

だが、この種の歴史記述はいつまでも通用するものだろうか。そもそもシェーンベルクは自らの音楽が無調音楽と呼ばれることに否定的だった。無調音楽をシステム化したと一般に認識される、シェーンベルクの“発明”した12音音楽についても、“発明者”本人は調性的に聴かれる可能性を認めていた。また、ヒンデミットは、音程が2つあれば、そこには必ず調的関係が予感されるので、無調音楽とは実際にはありえないのではないかと主張した。もうひとつ加えれば、日本に12音音楽を導入したと音楽史では一般に語られる戸田邦雄も、世間は無調音楽を当然存在するかのように思っているけれど、厳密に言えばそれはとても短いスパンでの転調音楽ではないかと述べた。こうした言説を音楽史の主流は無視してきたわけだ。

だが、柿沼さんは違う。従来の音楽史を覆しに掛かる。無調を自明に存在し、西洋音楽が進歩の果てに到達したところにある確固たる領域とは見ない。認識の問題として相対的にしか語り得ないものとして位置付け直す。書名の表記にあるように、文字通り無調という言葉を括弧に入れる。そうすると、あらまあなんてことかしら、「正史」と思われてきたものが見事に崩れ去って行く。われわれはこんな曖昧模糊とした基盤の上にもっともらしい音楽の進歩史を語ってきたのか。心ある者は懺悔せずにはいられなくなるだろう。

柿沼さんは常に権威を揺り動かす方向で音楽を語ってきた方だが、その核心部分が堂々と姿をあらわした。そういう書物である。新しい20世紀音楽史がこの本を出発点として書かれねばなるまい。

『〈無調〉の誕生』の著者・柿沼敏江のコメント

このたび拙著『無調の誕生』が吉田秀和賞を賜りまして、大変嬉しく思います。このような栄誉ある賞をいただけることは身に余る光栄です。

この本のタイトルにある「無調」とは調性がないことを意味する音楽用語です。これまで現代音楽の代名詞であるかのように使われてきましたが、この言葉を誰がいつ、どのような音楽に対して使い始めたのか、実は分かっていません。また、「無調」とはどういうことなのか、その意味も明確ではありません。そのことに気づいたのは、アメリカに留学していた時でした。シェーンベルクやウェーベルンなど、通常は「無調」とされている音楽の調性を分析する授業を受けて、こうした音楽にも調性があることを知って衝撃を受けました。それ以来、「無調」とは何なのか、調性は本当に崩壊したのかと疑問を抱き続けてきたのですが、数十年を経て、この度この問題を改めて考え直し、本としてまとめることができて、胸の支えがおりたように感じています。本書が調性と無調の問題について、皆さんに考えていただくきっかけになればと願っております。貴重な執筆の機会を与えてくださった音楽之友社、丁寧で緻密なお仕事をしてくださった編集の藤川高志さん、また選考にあたられた吉田秀和賞審査委員の先生方、水戸市芸術振興財団の皆さんに感謝を申し上げたいと思います。

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