読みもの
2023.11.26
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 18

転換期のマイルズ・デイヴィスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』のこと〜最近気に入っているジャズのレコードへのちょっと長いイントロダクション

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2023年11月号に掲載されたものです。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

イラスト: 酒井恵理

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長い歴史の中、多くの変化を持ちながらジャンルの名前は変わらない

「あなたはジャズ・ファンですか」と訊かれたらどう答えていいか困ります。ジャズは間違いなく好きです。でも、「ジャズ・ファンです」と言えば、特に日本では色々なうんちくが付いてくるイメージがあり、そういうのを極端に面倒くさく感じる人間なのでなんとなくためらってしまいます。

まず、「ジャズ」と言ったときにどんなサウンドを想像するか、おそらく100人に訊けば少なくとも50通りの答えが返ってくるのではないかな。さまざまなジャンルがあるポピュラー音楽の中でもっとも古く、100年以上の歴史があって何度もスタイルが変化しているにもかかわらずジャンルの名前はいまだにそのままです。

ぼくがいつも思うのは、世代によってリズム感が決定的に変わることです。1960年代に青春時代を迎えたぼくの世代にとって、ビートルズやストーンズに代表されるビート・グループのリズム感が体の一部になっていますから、ジャズが最初に耳に入ってきたときはどこか前時代的な響きがあって、子どものころはちょっとカッコ悪く感じました。歳と共にその感覚は変わりましたが、いまだに日本でいう「フォー・ビート」のリズムには古臭さを感じます。

でも、そんなぼくも、ジャズとの最初の出会いは小学生のころにイギリスで流行っていた更に古臭い「トラッド・ジャズ」でした。LPをほとんど持っていなかったその60年代初頭にクラリネット奏者アカー・ビルクのアルバムを一枚買ったほどです。あとは母が好んで聴いていたビリー・ホリデイの歌は馴染みでしたが、それをジャズと捉えていたかどうか、たぶん違ったかもしれません。

モダン・ジャズに関しては、色々な知り合いに聴かされたいくつかの個別のレコードとの出会いで衝撃を受けました。ジョン・コルトレイン、ジョン・ハンディ、オーネット・コールマンなど、どちらかといえばフリー・ジャズの部類に入る作品は十代半ばのぼくにとって未知の世界でした。当時自分で買ったりはしませんでしたが、音楽の視野を広げるきっかけになったことは間違いないです。実際に買ったジャズはもうちょっと無難なMJ Q、ちょうどロンドンにきた1966年にコンサートも観て、彼らが演奏する『ポーギー&ベス』はいまだに愛聴盤です。

ジャズを紹介するラジオ番組はあったはずですが、聴いた記憶はありません。でも、何かの番組のテーマ曲に使われていたアート・ブレイキーの「モーニン」は、誰の何という曲かは知らずに口ずさめるものでした。

むしろテレビで知ったミュージシャンがけっこういました。『Jazz 625』(PAL方式の走査線の数)という番組があり、計画的に見ていたのではないですが、テレビをつけたときにやっていたら見ることがあって、その番組で知ったセローニアス・マンクを一発で好きになりました。

狂ったように聴き続けた静かなグルーヴ

高校生のことに話題になったチャールズ・ロイドやトーニー・ウィリアムズのライフタイムのアルバムを図書館で借りて聴いてみたり、1969年にやはりテレビで見てショックを受けたマイルズ・デイヴィスの新作『イン・ア・サイレント・ウェイ』はぼくのリアル・タイムでの初マイルズ体験となりました。しばらくの間あのアルバムを毎晩のように、部屋を暗くして酒をちびちび飲みながら、狂ったように聴き続けました。

アルバムのタイトル通り、静かなグルーヴをずっと維持しながらミュージシャンたちはちょっと不思議なハーモニーの世界をじわりじわりと探り、曲らしい曲はなく、A面もB面も18分ほどの1曲です。そのムードにいつまでも浸っていられる傑作です。

演奏しているのはトランペットのマイルズ・デイヴィスの他、サックスのウェイン・ショーター、エレクトリック・ピアノのハービー・ハンコックとチック・コリア、オルガンのジョー・ザヴィヌル、ギターのジョン・マクロクリン、ベイスのデイヴ・ホランド、ドラムズのトーニー・ウィリアムズです。70年代以降のジャズの立役者になる人たちばかり、今思うととんでもなく凄まじい顔ぶれです。

しかし、このアルバムを死ぬほど聴いたのに、マイルズのレコードをそれから系統的に聴き漁ったわけでもなく、ジャズをより積極的に聴くようになったわけでもありません。『イン・ア・サイレント・ウェイ』は何かのジャンルとは関係なく、実にユニークな作品なので他の何かにつながる感じは今もありません。

あのころのマイルズというと更に大きな話題となった『ビチズ・ブルー』は、半分以上同じミュージシャンでやっているのにまるっきり違う雰囲気のアルバムで、ロックに近いもっと激しいグルーヴと攻撃的な演奏が特徴です。当時はおっかない印象があってあまり聴きたくないアルバムでした。

ハード・ロック、そして音圧の高いビッグ・バンドやフリー・ジャズは苦手

ぼくは軟弱な趣味の人間なのかもしれません。確かに攻撃的な感じの音楽を好みません。ハード・ロックのたぐいは最初から嫌いでしたし、ジャズの世界でも音圧の高いビッグ・バンドとか、破壊的なノリのフリー・ジャズは苦手です。かといって、いわゆるスムーズ・ジャズにもまったく興味はなく、軟弱でも自分なりの美意識というものはあると思います。

今回本当は最近気に入っているジャズのレコードについて書こうと思っていましたが、書き出しが長くなってしまったというか、若干脇道にそれてしまいましたね。その話は次回展開させてください。延々と続くイントロにお付き合いいただき、ありがとうございます。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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