読みもの
2021.04.22
4月の特集「嘘」

音楽で「嘘」を表現するには? ムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》での方法を解説

ムソルグスキーの傑作オペラ《ボリス・ゴドゥノフ》。この中に隠されている音楽の「嘘」を、音楽評論家の増田良介さんが紹介してくれました。

増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

16-17世紀ロシアの実在したツァーリ、ボリス・ゴドゥノフ。

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ムソルグスキーが挑む、音楽における「嘘」の表現

オペラの登場人物が、情熱的なメロディで愛を歌えば、それはその人が誰かを情熱的に愛しているということだし、控えめなメロディで愛を歌えば、控えめに愛しているということだ。では、その登場人物が嘘をついている場合、音楽はどうすればいいだろう。お芝居で、心にもない「愛している」なんて珍しくない。しかし音楽は、ストレートな感情の表現には適しているが、嘘の表現はそれほど得意ではない。

この難題に、ユニークな方法で挑んだのが、ロシア音楽史上屈指の天才、モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)だ。彼の傑作オペラ《ボリス・ゴドゥノフ》では、独創的な方法で「嘘」が表現されている。

モデスト・ムソルグスキー。

「嘘」は最初の場面からいきなり出てくる。場所はモスクワ、ノヴォジェーヴィチ修道院の庭。役人が群衆をどなりつけている。「さっさとひざまづけ! 声を出せ!」。人々は、自分たちが何のためにこんなことをさせられているかもわかっていないが、とにかく歌う。「われらを誰の手にゆだねるのですか、わが父よ」そして、互いにぶつぶつ役人への文句を言ったりしている。

どこが嘘なのか、状況を説明したほうがいいだろう。前の皇帝が崩御してしまった。しかし、皇帝になるべきボリス・ゴドゥノフは、即位を固辞している(もちろん本心ではない)。しかし、ボリスが皇帝になることを望む(もちろんそんなことは思っていない)民衆は、修道院の庭で懇願している(役人に強制されて、そうしている)。

ここでムソルグスキーが、嘘を表現するために使った方法はこうだ。役人が「声を出せ」と命令したり、民衆が「すっかり声がかれた」と嘆いたり、役人のことを「乱暴なやつめ」と罵ったりする、「本当」の部分は、ロシア語の抑揚を生かした、リアルな会話に近い作曲をする。これに対し、民衆が「われらを誰の手にゆだねるのですか」と歌う「嘘」の部分は、民謡風のメロディらしいメロディに乗せる。つまり、ひとつの場面に、リアルな会話風の音楽(本当)と歌らしい音楽(嘘)、二つの層があるのだ。

ロシア語の抑揚と嘘の表現

ロシア語の抑揚を生かして作曲するということは、ムソルグスキー以前から、いろいろな作曲家たちが取り組んでいる。ただ、言葉の抑揚に忠実になりすぎると、音楽としては退屈になってしまうというのが難点だった。おそらくこのことに気づいたムソルグスキーは、《ボリス》で、会話風の音楽をベースにしつつ、ときどき、旋律らしい旋律、歌らしい歌も入れることにした。だからこのオペラの音楽には、二つの層がある。

自然な会話のなかで、登場人物を不自然でなく歌わせるにはどうすればいいか。ひとつの方法は、登場人物が「歌う場面」を作ることだ。《ボリス・ゴドゥノフ》では、幼い皇子や皇女が遊び歌を歌ったり、酔っ払いが機嫌良く歌ったりする。本当に歌っている場面だから、歌らしい歌でいいわけだ。

そしてもうひとつが、登場人物が本当のことを言っている場面には会話風の音楽、嘘を言っている場面には歌らしい歌を当てるというやり方だ。そもそも、オペラの魅力である旋律美を捨ててまで、ロシア語の自然なイントネーションを音楽に取り入れようとしたのは、歌で会話すること自体を不自然に感じたからだろう。だが、《ボリス・ゴドゥノフ》では、その不自然さを逆手にとって、「嘘」を表現する手段として使ったのだ。

ボリスの皇子殺しを扱ったこのオペラには、他にも「嘘」の場面がいろいろある。殺されたディミートリー皇子になりすましてボリスを倒そうとする青年グリゴリーと、彼を利用してのしあがろうとする美女マリーナの「愛」の二重唱、ボリスを死に至らしめることになる、僧ピーメンによるディミートリー復活の物語、モスクワへ乗り込もうとする偽ディミートリー(グリゴリー)の勇ましい名乗り。全部真っ赤な嘘なのだが、これらの部分ではいずれも、伝統的なオペラの表現方法が、「嘘」の容れ物として使われている。

マリーナと偽ディミートリー皇子の二重唱

さて、《ボリス・ゴドゥノフ》から半世紀以上経った1932年、《ボリス》を踏まえた方法で「嘘」を表現した作曲家がいる。ムソルグスキーを崇拝していたドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975)だ。彼のオペラ《ムツェンスクのマクベス夫人》第2幕第4場で、ヒロインのカテリーナは、舅ボリスの食事に毒を入れて殺してしまう。カテリーナは、集まった司祭や使用人たちの前で「ああボリス・チモフェーヴィチ、なぜ逝ってしまわれたのですか。私や夫は誰に頼ればよいのですか。」と、しらじらしく嘆いてみせる。

なんとこの部分、メロディも歌詞も《ボリス・ゴドゥノフ》冒頭の合唱にそっくりなのだ。名作の引用で「嘘」を表現するとは、さすがショスタコーヴィチだ。ただ、この部分、ショスタコーヴィチがこのオペラを30年後に《カテリーナ・イズマイロヴァ》として改訂したときには、なぜかまったく違うメロディに差し替えられている。

増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

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