読みもの
2019.08.26
飯尾洋一の音楽夜話 耳たぶで冷やせ Vol.16

日本のコンサートホールで、客席からカーテンコールの写真を撮れるようになるのはいつの日か?

コンサートへ行くと開演前に必ず流れるアナウンスといえば、演奏中の撮影、録音、録画は禁止。それは当然として、演奏していない「カーテンコール」の間はどうなのでしょうか?
ロンドン交響楽団、ニューヨーク・フィルハーモニックの事情も覗いてみました。
誰もがスマートフォンを所持し、写真を撮るのが文化になっている昨今、ホール内での撮影厳禁を貫くのは是か非か?

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

メインビジュアル:編集部

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カーテンコールの撮影もNG?

コンサートホールで、これまでにくりかえし目にしてきた居心地の悪いシーンがある。
来日演奏家や来日オーケストラなどの公演で、客席に座った出演者の関係者や家族と思しき外国人がスマホを取り出して舞台の写真を撮る。もちろん、演奏中ではない。演奏前や演奏後のカーテンコールなどでの場面だ。すると、ホールのレセプショニストがささっと近寄ってくる。

ご存知のように、日本のコンサートホールではたとえ演奏中でなくても、写真撮影が禁じられているところがほとんどだ。そして、この場面でレセプショニストの対応は2種類に分かれる。

その1。撮影は禁止だと伝える。以前はこれで済んだのだが、最近は驚かれることも多い。「えっ?  今、だれも演奏していないよ。どうして?」。でも、その問いに答えるのは難しい。ため息をつく演奏者の関係者・家族。気まずい瞬間だ。

もうひとつのパターンもある。その2。撮影しているのが外国人だとわかると、黙認されるケース。外国人なら許されるというのも妙な話だが、気持ちはよくわかる。だって、撮影を止めたところで「なぜ撮影がいけないのか」と反論されることもあるし、あるいはいったん「わかったよ」という顔をしておいて、目を離したすきにまたカメラを掲げて撮影する人も少なくないからだ。出演者の関係者・家族とわかっている人物に対して、なんども注意するのは苦痛でしかないだろう。

なぜ、こんなことが起きるかといえば、彼らにとって、演奏中でないのなら撮影できて当然という思いがあるからだろう。むしろ今の時代、カーテンコールの華やかな場面を撮影して、これをどんどんSNSで拡散することこそ、広報担当者の大切な役割だ。はるばる日本までツアーでやってきたのに、SNSにその公演写真をあげられないなんて! ……というか、実のところ、みんなレセプショニストの目をかいくぐって、instagramやfacebook、twitterに写真をアップロードしているようにも見える。

先日、すみだトリフォニーホールで公演を行なったジョヴァンニ・ソッリマと「100チェロ」は、そのあたりの事情をよくわかっていた。ある曲で、スマホのライトを点灯して、ペンライトのように振って、演奏に参加してほしいと客席にお願いした。ここでお客のスマホの電源を入れさせるのが第一段階だ。そして、続く曲ではみんなで客席からどんどん写真を撮って、タグを付けてSNSにアップしてくれと頼んだのだ。そう、みんながSNSにアップしないと、話題が広がらない。来場者だけの体験になってしまい、公演のインパクトが形になって残らない。お客さんも大喜びだ。なにしろ写真はコンサートの最高のおみやげなのだから。せっかくコンサートに来たのに、instagramにホールの外観写真や公演ポスターの写真しか載せられないのでは、あまりに味気ない。

2019年8月12日に行なわれた、ジョヴァンニ・ソッリマ「100チェロ」のコンサートの様子(すみだトリフォニーホール)

海外のコンサートホールにおける写真撮影の規定は?

客はいつ写真を撮ってよく、いつ写真を撮ってはいけないのか。この件について、ロンドン交響楽団とニューヨーク・フィルハーモニックのサイトにあるQ&Aを引用しておこう。

ロンドン交響楽団

Q. Can I take photos?

A. We ask that you don’t take photos of the Orchestra or musicians during the music, since this can be distracting to them and other audience members, especially if the flash goes off. Please feel free to take photos before or after the music, e.g. during applause. If you’re sharing them on social media, don’t forget to tag us! @londonsymphony

 

――写真は撮影できますか?

演奏中にオーケストラやミュージシャンの写真を撮影することは、演奏者や他のお客様の妨げになるためご遠慮下さい。特にフラッシュは厳禁です。演奏が始まる前や終わった後、例えばカーテンコール中の撮影は歓迎です。SNSでシェアするときは、@londonsymphony にタグ付けするのをお忘れなく!

ニューヨーク・フィル

Q. Can I bring my cellular phone or camera?

A. Yes, cell phones and cameras are allowed. However, we require that you turn off all cell phones, cameras, pagers, beeping watches, and other electronic devices before the performance begins—and that you check to see that they are again turned off after intermission, before the second half of the performance begins.

Audience members may take photographs before and after the concert, as well as during intermission and applause. Please note, however, that no photography or recording of any kind is permitted during the performance.

 

――携帯電話やカメラを持ち込んでも大丈夫ですか?

はい、問題ありません。ただし、携帯電話、カメラ、ポケットベル、音が鳴る時計やその他の電子機器は、演奏が始まる前に電源をオフにして下さい。休憩時間の終了時は、後半の演奏が始まる前に電源がオフになっているか再度ご確認下さい。

コンサートの前後、また、休憩とカーテンコールの間は撮影が可能です。演奏中の写真撮影や録音は固くお断りします。

どちらも演奏中は撮影厳禁(そりゃそうだ)、でも演奏の前後や拍手の時間は撮影してよいと明記している。

さて、日本のコンサートホールで、客席からカーテンコールの写真を撮れるようになる日は来るのだろうか。もしその日が来たら、みんなこぞってカーテンコールの写真をSNSに載せるにちがいない。これほど「インスタ映え」する写真もないのだから。

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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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