アイザック・スターンの音楽に限定されない人生とは? 森繁久彌との『屋根の上のヴァイオリン弾き』をめぐる交流
親しみやすい笑顔と、美しい音色で音楽ファンを魅了したヴァイオリニスト、アイザック・スターン。2020年に生誕100年を迎えた彼の、演奏だけに止まらない多彩な活動。そして、ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』をめぐる、名優・森繁久彌との心温まるエピソード。増田良介さんが推薦録音とともに紹介してくれました。
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...
アメリカが生んだ世紀のヴァイオリニスト
2020年はアイザック・スターンの生誕100年だ。
スターンは20世紀アメリカを代表するヴァイオリニストで、何度も来日していることもあり、われわれにはなじみ深い巨匠だった。ただ、2001年に亡くなったあとは、以前ほどは聴かれなくなっているような気がする。だが、この人は忘れられてよい人ではない。彼の残した名演の数々は今聴いてもすばらしいし、演奏以外の分野で彼が繰り広げた活動が音楽の世界に果たした貢献ははかりしれない。
スターンは、1920年7月21日、クレメネツ(現在はウクライナ領)で、ユダヤ人の両親のもとに生まれ、生後10ヶ月で家族とともにサンフランシスコに移った。ヴァイオリンの才能は早くから明らかで、16歳のスターンとブラームスの協奏曲で共演した巨匠ピエール・モントゥーは、「彼は、現代の真に偉大なバイオリニストのひとりであると躊躇なく断言します」と、わざわざ他の指揮者に推薦状を書いた。まもなくスターンは、アメリカを代表する若手ヴァイオリニストとして知られるようになる。
生涯にわたってスターンが得意としたブラームスのヴァイオリン協奏曲(ユージン・オーマンディ指揮での録音)
戦時中は健康上の理由で軍隊には入らず、かわりに戦地で慰問演奏を行なった。あの激戦地ガダルカナル島などにも行ったらしい。そして戦争が終わるとスターンは、ヨーロッパ、南米、イスラエル、日本、インド、そしてソ連と、世界各国を飛び回るようになる。ユダヤ人として、ドイツでの演奏は拒否したが、生涯に訪れた国と地域は30に及んだ。これは、持ち前の好奇心と旅行好き、人好きがあいまってのことだったが、アメリカの文化使節としての役割も強く意識していたという。
スターンは晩年アメリカに亡命したハンガリーの大作曲家ベラ・バルトークとも会っている。 これは、彼がブラームス以来の傑作と語っていたヴァイオリン協奏曲第2番、アンセルメ指揮の凄まじいライヴ録音。
熱心な教育者、そしてカーネギーホールの理事長として
若い音楽家を育てることにも熱心だった。才能のある若者がいれば、時間を作って演奏を聴き、ふさわしい教師を紹介し、必要なら金銭的援助もした。それはヴァイオリニストに限らなかった。ピンカス・ズーカーマン、イツァーク・パールマン、シュロモ・ミンツ、五嶋みどり、チェロのヨーヨー・マ、ピアノのイェフィム・ブロンフマン……スターンの恩を受けた演奏家は多い。
また、1950年代末、老朽化したカーネギー・ホールが取り壊されそうになると、スターンは保存運動に乗り出す。彼は、有力な企業経営者、政治家、銀行家などを巻き込み、ついにニューヨーク市を動かす。ホールはニューヨーク市が購入し、保存することが決定し、スターンは、カーネギー・ホールの理事長に指名された。
カーネギー・ホールがスターン100歳を祝って2020年7月に配信した「Live with Carnegie Hall」
だが、多忙な生活の中で、練習時間は少なくなる。歯に衣着せぬことで知られた大指揮者ジョージ・セルは、スターンに直接「君が他のことをやめてもっと練習していれば、世界一のヴァイオリニストになれたのに」と言ったという。しかしスターンは「もし私が自分の人生を音楽に限定していたら、遅かれ早かれ私はどうにかなっていただろう」と書いている。実際、ある時期以降のスターンの演奏は、それまでのような輝きのないものが多くなったが、彼が彼であり続けるためには、それは仕方のないことだったのだろう。
「あなたはユダヤ人だ」名優・森繁久彌との交流
ところで、アイザック・スターンの数ある録音の中で、もっとも多くの人に聴かれたものは、たぶんメンデルスゾーンでもチャイコフスキーでもなく、映画『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1971)のためのサウンドトラックだ。
ウクライナの小さな村に住むユダヤ人一家の運命を描くこの名作映画は、同名のミュージカルを映画化したものだ。ブロードウェイでこのミュージカルが初演されたのは1964年だったが、この映画の登場人物たちと似た境遇の両親をもつスターンは、この作品を初日から観ていて、その後も観るたびに涙を流したという。
実はスターンは、1967年の日本初演からまもないころ、東京でもこのミュージカルを観て、しかもテヴィエ役の森繁久弥と会っている。森繁はエッセイで次のように書いている。
彼(スターン)は、うるんだような目で私を見ながら「あなたはユダヤ人だ」「ノウ、日本人です」「そんなはずはない。あれだけの表現ができるのはユダヤの血が流れているからだ。私はユダヤ人だからよくわかる」
『森繁久弥コレクション第2巻 人―芸談』、p.184-186, 藤原書店, 2020
そしてスターンは「今、文化会館で稽古をしているが、いつでもあそこへ来てくれ。私は稽古をやめて、あなたにヴァイオリンを弾きたい」とまで申し出た。ところが森繁は、このときスターンのことを何も知らず、「トックリジャケツを着たマルセイユの酒場の親父みたいな」(森繁がそう書いている)この外国人に、「『屋根の上…』でも弾いているから結構」と心で思いながら謝辞だけ述べて別れてしまった。
だが、その後、音楽家たちにその話をして、さんざん馬鹿者扱いされた森繁。8年後に再びスターンが舞台を見に来てくれたときには、初対面のときに知らなかったことは頬かむりして、スターンの好物の焼き鳥を食べながら、あらためて深夜まで親しく語りあったという。すでに、ひとりの音楽家を越えてアメリカの名士となっていたスターンだが、気さくな人間性は変わらなかったようだ。
死の前年、ポーラー音楽賞の授賞式で演奏するスターン(2000)
放送予定: 2020年8月17日(月)~21日(金)[NHK-FM]19:30~21:15
出演: 大谷康子、増田良介、東涼子
2020年に生誕100年を迎えるヴァイオリニスト、アイザック・スターン。1936年のデビュー以来さまざまな名演を残してきました。日本とのゆかりも深いスターンの足跡を、名演を紹介しながら追う5日間のシリーズ。
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