なおもあなたを見つめ、なおもあなたを享受する
クラシック音楽と語学は切っても切り離せないもの。「音楽ことばトリビア」は各国語に精通したナビゲーターの皆さんが、その国の音楽とことばをテーマに綴る学べるエッセイです。
イタリア語編ナビゲーターは、20年間イタリア・ミラノに拠点を置いていたオペラ・キュレーターの井内美香さん。第2回はモンテヴェルディのオペラ《ポッペアの戴冠》より!
学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...
Pur ti miro, pur ti godo
(プール・ティ・ミーロ、プール・ティ・ゴード)
なおもあなたを見つめ、なおもあなたを享受する
恋愛が一番もりあがって、他の誰も見えなくなることってありますよね?数々の障害を乗り越えて、二人はめでたく結ばれる。
一見、誰もが憧れるシチュエーションのようですが、17世紀のヒット・メーカー、クラウディオ・モンテヴェルディ作曲のオペラ『ポッペアの戴冠』は、道徳的というのには程遠いストーリーをもっています。なにしろ、主人公はわがままを絵に描いたような古代ローマの皇帝ネロ。ネロは美貌の人妻ポッペアに目をつけますが、お互い既婚者です。それにもかかわらず(だからこそ?)二人の愛は燃え上がります。野心家のポッペアは皇后の座をねらい、ネロも邪魔な妻オッターヴィアを追い出すための策を練ります。
このオペラにはプロローグがあり、愛の神(L’Amore ラモーレ)が登場して、幸運や美徳の神々に対して、いかに自分に力があるかを見せてやる、と宣言してドラマが始まります。ネロもポッペアも清廉潔白からは程遠い人達なのですが、それにもかかわらず強引なハッピーエンドが訪れるのはひとえに愛の神のおかげ。そしてオペラの最後に歌われるのがこの有名な愛の二重唱「Pur ti miroプール・ティ・ミーロ」です。
「なおもあなたを見つめ、なおもあなたを享受する。なおもあなたを抱きしめ、なおもあなたと結ばれる…」
Pur ti(pure:まだ、なおも ti:君を、あなたを)という出だしを繰り返し、その後に来る動詞をmirare見つめる、godere味わう、享受する、stringere抱きしめる、annodare結びつける、と変化させていき、繰り返しによる陶酔を生み出しています。
《ポッペアの戴冠》マドリード・レアル劇場での公演から。ポッペア役はダニエレ・デ・ニエーゼ、ネローネ役はフィリップ・ジャルスキー
©Waner Music Japan
ちなみにオペラとは全然関係ないのですが、1950年代にイタリアで大ヒットした「Come prima コメ・プリマ(昔みたいに)」というカンツォーネがありました。「昔みたいに、昔よりももっと、君を愛すよ。これから一生、僕は君のものだ」といった歌詞で、時代も音楽も全然違うのですが、その情熱的な表現に「さすがイタリア人……」と思わせるところが共通しています。愛の神に逆らえる人間などいるでしょうか? この上なく甘い旋律にのって歌われる愛の讃歌は、いつの時代でも私たちのハートを射抜く力を持っているのです。
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