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2020.09.02
教育音楽アーカイブ

音楽の授業が制限されているからこそ「どうしたら歌えるかを考えて」

学校再開に際して文科省から示されたガイドラインの下、音楽の授業は多くの活動が制限されました。「教育音楽 中学・高校版」2020年6月号では、未曾有の状況の中、今後の授業をどうしていくべきか、先生方に当時の考えをお聞きしました(4月時点)。その中から、調布市立第五中学校の山崎朋子指導教諭の記事をご紹介します。

「教育音楽」編集部
「教育音楽」編集部  授業・行事・部活にいきる音楽教師の応援マガジン

全国の音楽の先生に役立つ誌面をつくるため、個性あふれる先生、魅力的な授業、ステキな部活……音楽教育の現場を日々取材しています。〔音楽指導ブック〕〔教育音楽ハンドブック...

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歌えないのなら声も出せない

「歌唱はNG」と盛んに言われていますが、そもそも「歌わない」と「声を出さない」は同義であり、声を出してはいけないのなら、どの教科も成立しません。英語の発音も、国語の読みも、体育の号令も、手を上げての発言も、そもそも教師の説明も全てがNGですよね。

とはいえ、ガイドラインに「歌唱」「リコーダー」が明示されているのは、それだけリスクが高いからであり、「3密」を避けるのはもちろん、広い場所だから何をやってもいいというわけではありません。自治体や学校から「声を出す」学習を禁止されている場合は、それに従い、鑑賞領域の授業や音楽の基礎学習、動画を活用した説明などに切り替えてください。

「歌唱」の重要性

本来、音楽の授業は歌なしには成立しません。人は歌うことで成長し、その過程で表現の基礎を学び、楽器に触れたり音楽を鑑賞したりして、その応用の先に創作があるのだと私は考えます。いきなり楽器は演奏できないし、ベートーヴェンを聴いても理解できません。日本の音楽科が大きく進展したのは他国の歌唱教育を取り入れたからとも言えますが、雅楽や歌舞伎を「鑑賞する」だけではなく「表現する」学習に変わっていった流れからも分かることです。

では、この状況下でどうすれば「3密」にならずに歌唱の授業ができるのか。今は世界中が見えない敵と戦っています。だからこそ考えなければなりません。工夫できることは工夫して、避けるべきことは避ける。みんなで固まって合唱している場合ではない。問題はここです。「歌う→大きな声→飛沫が飛ぶ」を避けなければならないのです。

具体策

ポイント①窓もドアも開放した音楽室で学習する(うるさいなどと言っている場合ではない。そのために、先生方に理解を得ておくことが大切)

ポイント②学習内容によって場所を変える

ポイント③授業構成を変える(校歌や発声についての学習ができれば歌唱曲の鑑賞に入れるので、最初に少しでも歌唱を行う)

映像等の活用

音楽室で、あらかじめ録画した映像を見せながら、なるべく短時間で説明します。特に1年生には、歌う声・話す声の違いや体の使い方についても説明します。声を出さずに姿勢のチェックもできますね。これは各自でやらせます。

ちなみに映像は合唱部の卒業生にお願いして自宅で録画したものを送ってもらいました。男子の場合は声の出し方や変声期に苦労したことについても話してもらい、分かりやすい曲を歌ってもらいました。女子の場合は、特に声域について実際に声を出してもらい、アルトとソプラノの説明を歌いながらしてもらいました。

歌う場所は外

1年生の1学期は校歌を学習しますが、私は次のような授業を考えています。

まずは、校歌について音楽室で説明します。話が長くならないように(教師の声も大きいので)、生徒と距離を空けるように注意します。次に校歌の映像を流します。行事で録画しているので豊富に材料はあります。ない場合は、先生が一人で歌って録画をしてもよいでしょう。ひと通り確認できたら外に出ます。本校はテニスコートで行う予定(管理職や体育科には確認済み)ですが、駐車スペースやピロティーでも可能だと思います。

駐車スペースや屋外の空きスペースでも可能

隊形・マスク

両手を広げてぶつからない広さに広がります。全員が同じ方向を向くと背中が近いので、四角の隊形にして全員が外側を向きます。教師はキーボードを持参して、延長コードから電源を取り、みんなで一斉に歌います。もし場所が狭いようであれば、男女に分けるなどしてクラスの半分ずつで行うとよいでしょう。

マスクは付けたまま歌いますが、付けたままだと苦しい場合もあるので、そのときは鼻だけ少し出させるようにします。

決して長々とやらないことです。1~2回しか歌いません。だからこそ「本気で歌おう」ということはあらかじめ教室で話しておきます。他の曲も同じ様に行うつもりです。パートの音は教室でも確認できますので、この状況を逆手に取って、1度や2度しか歌えない中で充実して歌う時間を大事にしたい、そういう時間をつくりたい。まだ考えていることはありますが、まずはこのような取り組みをしてみようと思っています。

今こそ伝えたい

私は最初の授業で生徒に伝えたいことがあります。

それは、世界のさまざまな場所で音楽が今現在も人々を助けているということです。多くの人が感染しているイタリアのある街の病院の屋上で歌ったり楽器を弾いたり、頼まれて演奏している音楽家たちがいます。医療従事者や患者さんたちは演奏が終わるたびに拍手を送ります。また、夜になると市民の一人が窓を開けて歌い出し、それに合わせて街の人々が歌い始めます。それぞれの家で窓を開けて歌っているのです。アメリカでは、医療従事者が出勤する時間に、街の人が家の前まで出て拍手を送ります。その中に歌を歌って送り出す人がいます。

音楽家は仕事をキャンセルされていますが、実は外出自粛の世界で人の心に優しさや豊かさを与えている場面があるんです。命を助けられる仕事ではないけれど、頑張っている人に何かを与えることはできるかもしれない。そんな可能性をたくさんもっているのが音楽です。日本もそんな国になれたらいいなと、毎日ニュースを見ながら私は思っています。これを伝えるだけでも、子どもたちの心に何かを伝えられる気がします。

ガイドラインは命を守るためのものです。ですから、とても大切です。こんな工夫をたくさんしながら、それでも表現できる未来の大人を育てるために、歌唱の授業を何らかの形でやっていく必要性を私は感じています。カリキュラムを組み替えて順番を変えるのもよいでしょう。でも、この先どうなるか分かりません。だから、私は今考えられるありったけの工夫が大切だと思います。

(4月25日以前に執筆)

——「教育音楽 中学・高校版」2020年6月号特集記事より
山崎朋子(東京都調布市立第五中学校指導教諭)

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