高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第2回

井上ひさしが描く、「歌」のある終戦直後の日本

読みもの
2018.05.28

舞台・演劇の魅力に音楽から迫る高橋彩子さんの連載第2回!
「ドラマ・ウィズ・ミュージック」――劇作家の井上ひさしが提唱した、ミュージカルでもストレートプレイでもない、歌のある演劇の形です。昭和21年、戦後の日本で懸命にいきる人々の姿と、彼らの「歌」でつむぐ舞台『夢の裂け目』をご紹介します。

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新国立劇場『夢の裂け目』2010年の公演より
撮影:谷古宇正彦
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

オペラやミュージカルでは、歌い手の歌唱力・表現力に観客は酔いしれ、名アリア/名ナンバーで拍手喝采するのが常だろう。しかし日本には、もっとさりげなく、人間ドラマに寄り添うように歌が進行する舞台もある。
小説家で劇作家の井上ひさしは、テレビ「ひょっこりひょうたん島」でもタッグを組んだ作曲家・宇野誠一郎と共に、多くの音楽劇を世に送り出した。中でも井上が「ドラマ・ウィズ・ミュージック」と称する作品群では、歌を専門とする者が歌い上げるのではなく、俳優が演技の延長として自然体で歌い、そのまま次の場面へと移る。あくまで日常の中で、歌・音楽が人々の悲喜こもごもを表現していく。だから基本的に、劇中での拍手や手拍子は起きない。

新国立劇場で2001年に初演された『夢の裂け目』は、井上自身、「ドラマ・ウィズ・ミュージック」が成立した最初の作品と位置づけた音楽劇だ。劇中歌全14曲中、実に12曲は20世紀初頭ドイツの作曲家、クルト・ヴァイルの曲。残り2曲が宇野誠一郎作曲となっている。既存の楽曲に別の歌詞をつけて使用するというスタイルは、本作、03年の『夢の泪(なみだ)』、06年の『夢の痂(かさぶた)』と続く「東京裁判三部作」シリーズのほか、02年の『太鼓たたいて笛ふいて』、05年の『箱根強羅ホテル』、07年の『私はだれでしょう』や『ロマンス』などに継承されている。

物語はこうだ。昭和21年、つまり敗戦のあくる年、東京・根津の紙芝居屋・田中天声こと田中留吉のもとに突如、GHQから東京裁判の検察側証人としての出廷要請が舞い込む。思いがけない要請に驚いた天声は予行練習と称して周囲の人を巻き込み、大はしゃぎ。やがて裁判の日を迎え、無事に証言を終えた天声は、東京裁判のカラクリに気づき、商売に活かそうとするのだが――。

新国立劇場『夢の裂け目』2010年の公演より
撮影:谷古宇正彦

ドラマを色鮮やかに彩るのが、舞台上の俳優の歌と、舞台下の小さなピット内のミュージシャンの演奏。登場人物たちが田中天声の半生を語る幕開きの〈しゃべる男〉は『闇の女』の〈ジェニーの伝説〉、GHQのもとで働く川口ミドリの歌〈伝道士の娘のワルツ〉は『三文オペラ』の〈ソロモン・ソング〉、今は闇ブローカーで生計を立てている学者・成田耕吉が歌う〈学問ソング〉は『マハゴニー市の滅亡』の〈アラバマ・ソング〉、といった具合に、耳馴染みのあるクルト・ヴァイルのメロディがまた違った魅力をもって響き、人々の生き生きとした姿も過酷な現実も包み込む。物語はやがて、戦争責任の所在へと迫り、市井の人間もその罪の埒外にはないのではないかと鋭く問いかけていく。

『夢の裂け目』で使われる劇中歌名の一部とヴァイルの原曲。

1. 『しゃべる男』(〈ジェニーの伝説〉~『闇の女』)
2. 『伝道師の娘のワルツ』(〈ソロモン・ソング〉~『三文オペラ』)
3. 『学問ソング』(〈アラバマ・ソング〉~『マハゴニー市の滅亡』)
4. 『父さん』(〈スピーク・ロウ〉~『ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス』)
5. 『ズキン!』(〈スラバヤ・ジョニー〉~『ハッピーエンド』)
6. 『マック・ザ・ナイフ』(〈切り裂きマックのバラード〉~『三文オペラ』)

井上の有名な文章に、以下のようなものがある。

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに、まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことはひかえめに、ひかえめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと書くこと」

これは井上が執筆時、「ゆれる自戒」として常に自らに課していた事項で、『夢の裂け目』はその具現化と言うべき舞台だ。

今回、本作の再々演にあたり、キャストはほぼ一新。紙芝居屋の天声に段田安則、その娘・道子に唯月ふうか、前述の川口に保坂知寿、天声の妹で元芸者の君子に吉沢梨絵、君子の芸者時代の同僚・紺野妙子に高田聖子、今は失業中の映写技師・川本孝に佐藤誓、紙芝居好きの復員兵・関谷三郎に玉置玲央、既述の成田に上山竜二、と、芸達者でヴァラエティに富む顔ぶれが初参加で並ぶ中、唯一、天声の岳父で紙芝居の絵描き・清風を木場勝己が、2010年の再演に続いて演じる。戦後73年、世界の勢力図も変わりつつある今、井上ひさしが投げかける「ドラマ・ウィズ・ミュージック」をじっくりと味わいたい。

上段左から段田安則、唯月ふうか、下段左から保坂知寿、木場勝己
新国立劇場 開場20周年記念『夢の裂け目』
『夢の裂け目』

場所:新国立劇場 小劇場

出演:段田安則、唯月ふうか、高田聖子、吉沢梨絵、上山竜治、玉置玲央、佐藤誓、保坂知寿、木場勝己  
演奏:朴勝哲(キーボード)、佐藤桃(テューバ)、熊谷太輔(ドラム・パーカッション)、山口宗真(ウッドウィンズ)  

作:井上ひさし  
演出:栗山民也

公演日程・開演時間:
6月5日(火)18:30
6月6日(水)13:00
6月8日(金)13:00
6月9日(土)12:00 / 17:30
6月12日(火)13:00
6月14日(木)13:00 / 18:30
6月15日(金)13:00
6月16日(土)17:30
6月20日(水)13:00
6月21日(木)13:00 / 18:30
6月22日(金)13:00
6月23日(土)12:00 / 17:30

チケット:
A席:6,480円
B席:3,240円

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