クラシックが印象的なフランス映画“ヌーヴェル・ヴァーグ”5選~コクトー『恐るべき子供たち』など
芸術の秋に、クラシック音楽が流れるフランス映画を堪能しませんか? ヌーヴェル・ヴァーグ(“新しい波”の意味。1950年代末から、フランスの若い監督たちが新しい方法で映画界を革新したムーブメント)にまつわるモノクロームの映像が美しい5作品を、クラシック音楽が使われたシーンとともにご紹介します。
大学卒業後、フランス留学を経て、『ELLE JAPAN(エル・ジャパン)』編集部に入社。 映画をメインに、カルチャー記事担当デスクとして勤務した後、2020年フリーに...
バッハ×『恐るべき子供たち』
ジャン・コクトーの小説を映画化した『恐るべき子供たち』(1950)が、鮮明な4K映像でリバイバル上映中です。パリを舞台に繰り広げられる“秘密の世界”をもつ姉弟の残酷な愛の物語は、多くのアーティストに影響を与え、日本では萩尾望都が漫画化しています。
原作を書いたのは、詩人のジャン・コクトー(1889~1963)。少年時代からストラヴィンスキーやピカソ、ココ・シャネルらと交流していた時代の寵児であり、映画『美女と野獣』『オルフェ』も監督したマルチ・アーティストでした。彼は『恐るべき子供たち』をわずか17日間で書きあげたといいます。
パリ近郊出身。20歳で初めての詩集『アラディンのランプ』を自費で発表。小説家、劇作家、評論家、画家、映画監督、脚本家など、多岐にわたる活動を繰り広げ、「芸術のデパート」と称される。
『恐るべき子供たち 4Kリストア版』
フランス劇場公開70周年を記念して、シアター・イメージフォーラムで2021年10月2日より公開。ある雪の日、ポールは密かに恋していた級友ダンジュロスから雪玉を投げられて怪我をする。自宅療養することになったポールだが、そこは姉のエリザベートとの「秘密の小部屋」。姉弟の残酷な愛と戯れの時間が始まる……。監督はジャン・ピエール・メルヴィル。詳しくはこちら。
映画『恐るべき子供たち』は、手持ちカメラを使った美しいモノクロ映像で、“ヌーヴェル・ヴァーグの先駆け”といわれた名作。この作品でコクトーが愛したといわれる楽曲が、バッハの「4台のチェンバロのための協奏曲」です。古典派の音楽が、姉弟の心のざわめきと、純粋さゆえの愛の悲劇に格調を与えていますね。
バッハ:「4台のチェンバロのための協奏曲」より第1、2楽章
幻想的なモノクロ映像のカメラマンはアンリ・ドガによるもの。ドガはヌーヴェル・ヴァーグの監督に慕われ、次々に傑作を撮ります。
モーツァルト×『勝手にしやがれ』
そんなヌーヴェル・ヴァーグの不滅の名作といえば、ジャン=リュック・ゴダール監督が28歳で撮った『勝手にしやがれ』(1959)! 主人公の自動車泥棒、ミシェルを演じるのは、2021年9月に亡くなったフランスの国民的俳優ジャン=ポール・ベルモンドです。
『勝手にしやがれ』2016年に上映された際の予告編
この映画で印象的なクラシック音楽は、モーツァルトの「クラリネット協奏曲 イ長調」。劇中でミシェルは、恋人のパトリシアから「あなたはクラシックが嫌いでしょ」と言われ、「この曲だけは好きだ」と答えます。モーツァルトが亡くなる直前に作曲した名曲が、刹那的に生きるミシェルの最期を予感させる選曲です。ほかにも、ショパンの「ワルツ第4番 へ長調」が2人の親密なシーンで使われています。
モーツァルト:「クラリネット協奏曲」より第3楽章、ショパン:「ワルツ第4番」
ブラームス×『恋人たち』
クラシック音楽の魅力を最大限に生かした名作として、ルイ・マル監督の『恋人たち』(1958)も。名女優ジャンヌ・モローが裕福な社長の妻を演じる不倫ドラマで、みどころはヒロインと若い考古学者との甘美で官能的なラブシーンです。
右:1958年撮影のジャンヌ・モロー。映画ではココ・シャネルのブラックドレスで世界を魅了した。
月明りの下、セリフのかわりに2人の愛を語るのは、ブラームスの「弦楽六重奏曲 第1番」第2楽章のロマンティックな旋律。私生活でモローの恋人だった26歳のルイ・マルは、このシーンを盛り上げるためにブラームスの演奏を通常よりスローにしたそうです。
ブラームス:「弦楽六重奏曲 第1番」より第2楽章
ワーグナー×『いとこ同士』
『いとこ同士』(1959)では、ワーグナーのオペラ曲を使用。田舎からパリにきた素朴な青年シャルルが都会生活を送る遊び人の従兄と出会い、挫折するストーリーは、日本映画の『狂った果実』(1956)にインスパイアされたとか。
映画公開当時、29歳だったクロード・シャブロル監督は、シャルルが従兄に誤って射殺されるラストシーンに《トリスタンとイゾルデ》の「愛の死」を使って、世界に衝撃を与えています。
ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》より「愛の死」
『いとこ同士』予告編
ベルリン国際映画祭で最高賞である金熊賞を受賞した。
サティ×『鬼火』
エリック・サティの楽曲が散りばめられているのは『鬼火』(1963)。アルコール依存症のブルジョワ青年が、パリを彷徨して死を決意するまでの48時間を描く。人生に疲れ、大人になるのを拒否した主人公の心情に寄り添うのは「ジムノペディ第1番」です。映画の世界的な大ヒットで、「それまで忘れ去られていたサティが有名になった」と、監督のルイ・マルは語ったそうです。
サティ:「ジムノペディ第1番」
多くの若い才能が次々に名作を生んだ仏ヌーヴェル・ヴァーグという時代。今回ご紹介したのはモノクロームの作品だけですが、みずみずしい映像に深みを与えるクラシック音楽は、今もなお色あせない感動を伝えてくれます。
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