モーツァルトのオペラは結婚式だらけ! ストーリーは結婚で動き出す
オペラで結婚式が行なわれると、物語が動き始める! 結婚がテーマのオペラは数あれど 《フィガロの結婚》をはじめ、オペラ内結婚式の回数で言えばモーツァルトの右に出るものなし? 飯尾洋一さんが紹介してくれました。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
結婚式はオペラ・ストーリーの原動力
オペラは結婚が大好きだ。
結婚はオペラのストーリーを動かす原動力となり、なにかというと結婚式が開かれる。
たとえば、ワーグナーの《ローエングリン》。ブラバント公国の公女エルザは、謎めいた白鳥の騎士ローエングリンと結婚する。第3幕の「婚礼の合唱」は、現代においても結婚式で実用されている。物語世界の結婚シーンがそのまま現実に侵食しているのだから、考えてみるとスゴい話である。
あるいはプッチーニの《蝶々夫人》。長崎を舞台に、芸者の蝶々さんはアメリカ海軍士官のピンカートンと結婚式をとりおこなう。蝶々さんにとっては誠の愛、しかしピンカートンにとってはいつでも反故にできる都合のよい現地妻契約。ここでの結婚式とは、悲劇のはじまりを意味する。
ハッピーエンドの結婚式が描かれるのはブリテンの《夏の夜の夢》。シェイクスピア原作に基づき、妖精たちと人間たちの世界が幻想味豊かに描かれ、最後の結婚式の場面では3組のカップルが祝福される。
シェイクスピア原作といえば、グノーの《ロメオとジュリエット》では、若いふたりが神父のもとで内緒の結婚式を挙げる。
さらに意に沿わない結婚を背景に物語が動き出す作品となると、ドニゼッティ《ルチア》、ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》、ヴェルディ《ドン・カルロ》、リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》など、枚挙にいとまがない。
モーツァルトは多様な結婚を描いたキング・オブ・ウェディング・オペラ
さて、そんな結婚だらけのオペラの世界だが、なかでも結婚式成分の高い作曲家、キング・オブ・ウェディング・オペラをひとり選ぶとすれば、ずばり、モーツァルトだ。モーツァルトほどオペラで結婚式を描いた作曲家はいない。
《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トゥッテ》からなる「ダ・ポンテ三部作」は、すべてが結婚式オペラといってよい。
《フィガロの結婚》では、伯爵の従者フィガロと伯爵夫人に仕えるスザンナが、まさにその日、結婚式を挙げようというところから話が始まる。策略と誤解から錯綜したドタバタ劇がくりひろげられるが、つまるところこれは一日の物語。長い長い結婚式の一日だ。
《ドン・ジョヴァンニ》では、農夫マゼットと村娘ツェルリーナの結婚式が描かれる。ふたりは似合いのカップル。しかし、そこに放蕩貴族ドン・ジョヴァンニが乱入する。ドン・ジョヴァンニはこともあろうに結婚式の場で花嫁を誘惑する。しかも花嫁もまんざらではなさそうなのだ。貴族階級の男が平民の花嫁を弄ぼうとする点で、階級差に焦点を当てた前作《フィガロの結婚》と一脈通じる。同時に、女性の気持ちの移ろいやすさを表現している点は、続く《コジ・ファン・トゥッテ》を想起させる。こと結婚に関していえば《ドン・ジョヴァンニ》は、《フィガロの結婚》と《コジ・ファン・トゥッテ》の中間地点に位置している。
《コジ・ファン・トゥッテ》で描かれる結婚式の場面は物騒だ。二組のカップルが恋人の貞節をめぐって、老哲学者と賭けをする。男たちは恋人の貞節を信じて疑わない。老哲学者は女は心変わりをするものと説く。そこで、男たちは変装して、互いの恋人を相手に口説く。男たちの予想に反して、この口説きが成功してしまい、そのまま結婚式まで行うはめになる。こんなに居心地の悪い結婚式の場面はない。最終的に恋人たちは元の鞘に収まり、音楽的にはハッピーエンドで終わるものの、これ以上はない意地悪な結婚式オペラといえるだろう。
と、「ダ・ポンテ三部作」の結婚式場面を振り返ってみたが、そういえばモーツァルト最後のオペラ《魔笛》も結婚式オペラではないか。タミーノとパミーナ、およびパパゲーノとパパゲーナの2組のカップルの「結婚クエスト」が《魔笛》だ。同年に書かれた《皇帝ティートの慈悲》も、やはり皇帝のお妃選びの話である。
結婚なくしてモーツァルトのオペラなし。そういっても過言ではあるまい。
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