バンドネオンの神様の生きざまを秘蔵映像で描く『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』
20世紀をバンドネオンとともに駆け抜けたアストル・ピアソラ。その破天荒な生い立ちから、なぜここまで偉大な存在になったのか? まで、秘蔵映像満載で描くドキュメンタリー映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』。バブル末期の日本でも一大ブームを巻き起こした「バンドネオンの王様」を知ることができるこの作品を、自身も「最後のピアソラ世代」と語る映画ライターよしひろまさみちさんが紹介してくれました。
音楽誌、女性誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』『otona MUSE』で編集・執筆のほか、『SPA!』『oz magazine』など連載多数。日本テ...
破天荒なバンドネオンの神様、アストル・ピアソラ
息子が小さいころは、一緒にサメ釣り! 祖父母が禁酒法時代のNYで密造酒販売! 祖父はマフィアのボスが経営する理髪店(裏に賭博場)! 身を守るために幼少期にはボクシング!
なに、この話……いったい誰よ。きっとアウトローな有名人の武勇伝的なものと思うでしょ。なんとこれ、バンドネオンの神様、アストル・ピアソラ自身が語る思い出話。あのピアソラですよ!
アルゼンチンのマル・デル・プラータに生まれバンドネオン奏者、作曲家。ブエノスアイレスのローカルな音楽だったアルゼンチン・タンゴと、クラシックやジャズとを融合させ、独自の「タンゴ・ヌエヴォ(新しいタンゴ)」を産み出した。
© Juan Pupeto Mastropasqua
チェロ奏者のヨーヨー・マが収録した「リベルタンゴ」が、某ウイスキーのCMで大ブレイクしたり、
97年のミニシアター全盛期に、一斉を風靡したウォン・カーウァイ監督の香港映画『ブエノスアイレス』のサントラに使われたり。
景気がよかった時代の日本では、多様な国・地域の文化がどんどこ持ち込まれていたんだけど、その中でも名前が今でも残っているのは一握り。その偉大な一人がピアソラですからね。
まさか、彼のバックボーンがこんなにも破天荒だったとは……と、驚かされたのが、2017年のドキュメンタリー『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』です。
今も愛される、バブル期日本サブカルブームの大輪
このドキュメンタリー映画は、没後25周年を記念して製作され、日本では渋谷Bunkamuraの30周年記念作品として、2018年に上映された作品。
はい、今年はピアソラの没後30周年ですからね! 再度観るタイミングですよ!! ちなみに最初に紹介した度肝を抜くエピソードは、なんと冒頭30分で全部出てきちゃいます。
ピアソラはある一定年齢以上の人、要はバブル期に物心ついていた年齢以上の人にはおなじみ。なんせ当時は、ありとあらゆるサブカルチャーが花を咲かせており、いかに最先端なものに飛びつくか! っていうことに心血注いだ人が多かったもので。ピアソラもそのムーブメントの中で、いぶし銀のように輝いていた存在。
とはいえ、日本で遅まきながらのブームになったときには、彼はこの世におらず(存命だったら、確実に日本公演の招待をしてたでしょう)。彼の名曲の数々や、音源は大量に残されているものの、彼の人となりや、創作活動の内幕などは専門書を読み漁らないといけないわけよ。日本はもちろん、世界中にピアソラの研究者はいますからね。
そこで素朴な疑問。なぜに研究を重ねるほどの人物だったか、ということが知りたいわけよ。「バンドネオンをメジャーにした人」とか「古典芸能だったタンゴに新風を吹き込んだ」とか、そういうことは彼のイメージとして定着済。そこに至る動機やプロセスはどうなんよ、と。
詳しいことは日本公開時の公式サイトがまだ生きているので、そちらを参照していただくとして割愛。最大のポイントだけを言います。本編のお楽しみはパフォーマンスシーンだけじゃないこと。
新しい時代の音楽家を作った社会背景まで描く
この映画は、没後25周年時にアルゼンチンで開催された回顧展の裏側から始まり、それに招かれた息子のダニエルが、ピアソラとともに奏者としてやってきたお話はもちろん。家族の日常を収めた8mmフィルムや、ピアソラ自身が出演したテレビインタビューのアーカイブ、ピアソラの娘ディアナ(彼女もすでに他界)が伝記執筆のために収録したインタビュー音源などなど、お蔵出しアーカイブがてんこ盛り。
そのアーカイブのリサーチだけで4年を費やしているんだけど、本編を観たら「そりゃそれくらいやらないとダメだ」ってわかるはず。なんせ、ただアーカイブを並べるだけじゃなくて、ピアソラが生きた時代の風景や、彼を取り巻く環境までも映し出してるんだもの。
音楽がライブやレコードだけでなく、テレビ番組でも紹介されるようになった時代を駆け抜けた人だからこそ、彼が生きた時代の社会背景までを映像で見せないとダメってことよ。
家族のパーソナルなエピソードから、当時の社会、音楽業界の話まで、掘り下げまくったドキュメンタリーなので、「ピアソラ、誰それ?」という人も是非一度!
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