プロ・ベーシストの自宅ジャズ——「宅録」やアプリを使った練習
セッション・ライブが生活の中心にあるジャズミュージシャンたちも、今は自宅でのリモートワーク。こんな時期だからこそ、じっくりと音楽に向き合っているベーシスト小美濃悠太さんが、その生活の一端、プロのミュージシャンが実践している練習方法や便利なアプリなどもご紹介。あなたもリモートでジャズ練習をはじめて、来たるセッションに備えよう!
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...
流行に取り残され気味のベーシストのリモートワーク
音楽業界にとって、強烈な逆風となっているリモートワーク生活。「いやーヤバいっすねー」が挨拶になってしまうほど追い詰められている音楽家も、あの手この手で生き残ろうと模索を続けている。
自宅での時間の過ごし方は人それぞれで、興味深いもの。演奏の現場に出ていない音楽家の生活なんて、まったく闇に包まれているだろうと思うので、末席ミュージシャンである私のリモートワーク生活の一部をご披露させていただこう。
もっぱら音楽家のリモートワークのトレンドは、オンラインレッスンと演奏動画配信。どちらもノウハウが急速に共有されはじめていて、誰でもすぐにでもリモートでレッスンや演奏を提供できるようになっている。
かくいう私は……といえば、確定申告に追われているあいだに流行に取り残され、すっかりオフライン・ミュージシャンになってしまう始末。今から流行を追いかけるのも性に合わないし、せっかく仕事から切り離されたなら落ち着いて自分だけでできることをやろう、と考えているところだ。
今こそ! じっくりと音源を聴く
こちらの写真を見てほしい。
未聴のまま1枚、また1枚と積まれていくCD。ついに砂の城よりも脆い、CDタワーになってしまった。こうなってしまったらもう指で触れることもできず、ひたすらCDを積み上げる逆ジェンガゲームを楽しむばかりだ。
しかし時は来た。主はバベルの塔を転覆せしめたのだ。人がそばを通った振動で、儚くも塔は崩れ去ってしまった。
「ああああああああ」と落胆の声を上げた私に、2つの選択肢が突きつけられた。もう一度CDを積み直す、そうでなければCDを聴いて棚にしまう。
これまでの私なら、間違いなく前者を選んでいたはずだ。CDを積むのはお手のものである。しかし今回ばかりは違う。これだけ時間があるのだから、腹を括ってCDを聴いてしまおう(そしてちゃんと収納しよう)。神が私に命じたのだ。
ここのところ忙しくて、「ながら聴き」が多くなってしまっていた。しかも、仕事の資料として聴くものがほとんどで、聴きたいものにじっくりと向き合う時間がなかったのが正直なところ。しかし自分が好きで買ったCDを、音楽の隅々にまで耳を開いて聴くことが、実り多き時間をもたらしてくれた。音色やニュアンスまで聴き取れることはもちろん、新たな発見も多かった。
生徒には「練習と同じくらい、あるいはそれ以上に音楽を聴きこむことが大切だ」と言っているわりに、スタジオにはCDが積み上がっている(レッスンのときは隠している)ので、すっかり反省してしまった。
初心にかえって聴き込み、じっくりと体に入れたものが、演奏活動を再開したときにどのように表れるのか、非常に楽しみだ。
「宅録」を通して、楽器と深く向き合う
CDを聴くのはリモートワークなのか、と言われると困ってしまうので、もう一つ最近の取り組みを。自宅でのレコーディングを始めた。自宅で録音したものをネット経由で納品するのはリモートワークと言っても怒られないはずだ。
自宅での録音、いわゆる「宅録」というやつ。今までも、やっていなかったわけではないのだが、きちんとしたノウハウと知識は持っていなかった。せっかくの機会なので、基本的なことを勉強しなおして良い音で録れるようにしよう、と試行錯誤している。
これが自分の楽器と向き合う、いいきっかけになった。
いくらでもタッチやマイクの位置を変えて音色や鳴りを調整することができるし、楽器のどこからどんな音が出ているのか知ることもできる。コントラバスは(おそらく他の楽器も)弾いてる本人と聴衆のあいだに、聴こえ方のギャップがあるので、こうして自分の楽器の「鳴り方」を知ることは重要なプロセスだ。
これからジャズを始めたい方も! 自宅ではアプリと録音で練習
何しろ外に出ることがないので、練習する時間はたっぷりある。
ジャズを演奏している人はもちろん、これからジャズを始めてみたい方でも活用できる練習方法をここでご紹介しよう。
伴奏アプリ「iReal Pro」で無限セッション
人工知能の登場を待つまでもなく、アプリが練習の伴奏をしてくれるのをご存じだろうか。そんなジャズミュージシャン御用達のアプリが「iReal Pro」だ。
無数にあるスタンダードナンバーのデータをアプリ内に取り込むことで、自動伴奏してくれるという素晴らしい練習ツール。
ピアノ、ベース、ドラムの伴奏が用意されていて、テンポや調が変えられるだけでなく、伴奏のスタイル(スウィング、ラテン、ファンク、R&Bなど)まで設定できる優れものだ。
ひとりで練習するには最高の相手になってくれるし、「ジャズやりたいけど、一緒にやる人がいなくて…」というビギナーにもオススメ。何時間でも練習の相手をしてくれるいいヤツだ。
初めてのジャズチャレンジにはこちらの2冊も
録音してシビアに練習
上で紹介した宅録スキルは、練習にも活用することができる。レコーディングというのは自分の実力がイヤになるほどわかる(本当にイヤになる)ので、弱点の発見に非常に役立つのだ。
上のiReal Proで伴奏を鳴らしながら録音してもいいし、メトロノームと一緒に練習するのもいい。中級者以上なら、伴奏もメトロノームも使わずに自分の演奏だけを録音してみよう。きっと練習がイヤになるはずだが、それを乗り越えた先に快楽が待っているのだ。これは多くのミュージシャンが経験した事実である。
宅録ツールがあれば、かなりシビアな練習ができる。高価な機材でなくても練習には十分だし、もちろんハンディレコーダーでも問題ない。
人と一緒に練習していると、なんとなーくごまかせていたり、間違えても誰かが合わせてくれていたところも、ひとりで録音すると丸裸にされてしまう。時間があるこの機会にチャレンジしてみてはいかがだろうか。
リモートがリアルな音楽体験の価値を高める
リモートワーク生活が始まったことで、家にいてもライブ配信が楽しめるし、ひとりでも練習ができる。ミュージシャンは自宅でオンラインレッスンをしたり、レコーディング作品を納品することも当たり前になった。この環境の変化は、きっとこれからの音楽の楽しみ方を変えるはずだ。
そして、自宅でも音楽が楽しめるからこそ、ライブやコンサートで演奏を聴いたり、仲間と演奏したりする経験が、より貴重で価値あるものに感じられるのではないだろうか。リアルな音楽体験が日常に戻ってくる日が楽しみである。
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