トラウマ音楽館 trauma04

内田百間の『サラサーテの盤』と映画『ツィゴイネルワイゼン』と伊坂幸太郎 『フィッシュストーリー』

読みもの
2019.03.09

音楽って本当に良いものなのか!? 『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』(飛鳥新社・刊)で、ポジティブ一辺倒の風潮にうんざりしていた人たちの心を鷲掴みにした頭木弘樹さんが、「トラウマな音楽」について語る連載。

第4回は、サラサーテの《ツィゴイネルワイゼン》。ヴァイオリンの名手、サラサーテの自作自演レコードに偶然録音されてしまった「声」が、時代を経て3つの傑作を生んだ! 頭木弘樹さんのアクロバティックな筆が冴え渡ります。

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イラスト:テラムラリョウ
トラウマ音楽案内人
頭木弘樹 文学紹介者
頭木弘樹
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筑波大学卒業。大学三年の二十歳のときに難病になり、十三年間の闘病生活を送る。そのときにカフカの言葉が救いとなった経験から、『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社/新潮文...

おかしな声の聞こえる音楽

トラウマ音楽というと、ホラー、オカルト系もありますね。
映画『フィッシュストーリー』の最初のほうで、登場人物たちが、おかしな声の聞こえる曲の話をします。
岩崎宏美の『万華鏡』という曲に、霊の声が入っているとか、かぐや姫のラストコンサートのテープに、コンサート前に亡くなった少女の「私にも聞かせて……」という声が入っているとか。
これは映画の中の創作ではなく、実際に有名な話のようで、この「私にも聞かせて……」のテープを逆回転して再生すると、「私もそこに行きたかった……」と聞こえるのだそうです。

サラサーテ自作自演の《ツィゴイネルワイゼン》

こういう音楽の元祖は、おそらくサラサーテ自作自演の《ツィゴイネルワイゼン》でしょう。
サラサーテはスペインの作曲家でヴァイオリン奏者です。《ツィゴイネルワイゼン》は、サラサーテが作曲した、管弦楽伴奏付きのヴァイオリン独奏曲で、クラシック名曲の定番のひとつと言ってもいいほど有名です。劇的でありながら哀感が漂う、演奏の難易度の高い曲です。

その《ツィゴイネルワイゼン》のサラサーテ自身による演奏が残っています。
1904年の録音で、SP盤と呼ばれる古いレコードです。
その3分30秒あたりに、人の声が入っているのです。
何も知らずに聴いていると、かなりドキッとします

サラサーテ自身による演奏。微かに声が録音されている。

内田百間の『サラサーテの盤』

その声は、サラサーテ自身のもので、何を言っているかはよくわからないのですが、おそらく、伴奏のピアニストに話しかけたものと推測されています。
ですから、ホラーでもオカルトでもないわけですが、それでも、そのレコードは、その声のために、どこか不思議でちょっと怖い感じがします。

その味わいを生かしたのが、内田百間(うちだ・ひゃっけん。「けん」の漢字は本当は門構えに月)の短編小説『サラサーテの盤』です。
内田百間は、夏目漱石の弟子のひとりで、なんだかよくわからないけど怖い短編を書かせたら、右に出る者はいません。
中でも『サラサーテの盤』は代表作のひとつです。
そのタイトルの通り、この小説には、サラサーテ自作自演の《ツィゴイネルワイゼン》のSP盤レコードが登場します。

夜になると死んだ夫の遺品を取りに来る女

この『サラサーテの盤』は、あらすじでは、まったくそのよさが伝わらないという、説明しづらい小説です。
それでもいちおう、あらすじを書いておくと、主人公の家に、夜になると、女がやってきます。1カ月前に友人が死んだのですが、その妻がやってくるのです。
そして、死んだ夫があなたに貸していた本を返してほしい、と頼むのです。そういうことが何回か続きます。
そして、ある晩、今度は、レコードを返してほしいと言います。
それが、サラサーテ自作自演の《ツィゴイネルワイゼン》のレコードです。
さがしても見つからなかったのですが、後日、友だちに又貸ししていたことを思い出します。それで、そのレコードを持って、亡くなった友だちの妻を訪ねます。
彼女はそのレコードをかけます。
サラサーテの声がしたときに、妻は「いえ、いえ」と声を上げ、泣き出します。

なにがなんだか、さっぱりわからないと思いますが、これはもう読んでいただくしか、説明のしようがないのです。
小説には、あらすじが面白いものと、あらすじでは面白さがわからないものとがあり、この作品は完全に後者です。

鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』

内田百間の『サラサーテの盤』が書かれたのは、1948年。
その32年後の1980年に、この短編をもとに、鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』を撮ります。
鈴木清順監督は、1967年に宍戸錠主演の『殺しの烙印』という、「米が炊ける匂いを嗅ぐと興奮する殺し屋」が出てくる不思議な映画を撮って、日活社長を激怒させ、「わからない映画を作ってもらっては困る」と、日活をクビになってしまいます。
それで、長い間、映画を撮ることができなかったのですが、この『ツィゴイネルワイゼン』で、ベルリン映画祭特別賞などを受賞し、1980年キネマ旬報ベストテン第1位にもなり、見事に復活します。
この映画も、説明のできない、じつに不思議な魅力があります。
ああ、このシーンは、この映画でなければありえない素晴らしいものだ!
そういうふうに感じさせる箇所がいくつもあります。

伊坂幸太郎 『フィッシュストーリー』

そして、2007年、伊坂幸太郎が短編小説『フィッシュストーリー』を書き、2009年に中村義洋監督によって映画化されます。
伊坂幸太郎の頭に、内田百間の『サラサーテの盤』があったかどうかはわかりません。
ただ、こちらも1枚のレコードが物語の発端です。
最初にご紹介したように、まず、霊の声が入っている曲などの紹介があります。
そして、逆鱗(げきりん)というバンドの『FISH STORY』というレコードの話に。このレコードの表題作には、途中に無音の箇所があるのです。その無音のところで、女性の悲鳴が聞こえるという噂も。
逆鱗というバンドは、時代の先を行き過ぎて、レコードが売れず、この『FISH STORY』が最後のアルバムです。
売れないバンドの売れない曲。自分たちのやってきたことは、まったく無意味だったのか?
ところが、この曲が存在したことが、その無音の箇所があったことが、巡り巡って、30年以上経ってから、地球を破滅から救うことになります。
レコードと、地球を救うことが、いったいどうつながるのか?
そこがこの短編と映画の面白さです。

すべてのことには意味がある?

精神分析の父・フロイトに、こういう言葉があります。
「人生の意味、人生の価値について問うた瞬間、人は病む」

自分の人生にはどんな意味があるんだろう?
自分の存在にはどんな価値があるんだろう?
人はついそう考えてしまいます。
でも、あまり考えすぎると、病むことになります。
なぜなら、意味や価値は、そうそう見出せるものではないからです。無意味で、無価値だとしたら、とても耐えがたいことです。

なので人は、せめて物語の中では、すべてのことに意味と価値を求めがちです。
ある出来事は、必ず後で意味を持ち、出てきた人物には何らかの役割があります。
ある出来事が起きたのに、まったく最後まで意味がなかったり、ある登場人物が出てきたのに、最後まで何の関係もなかったりすると、怒ります。

そういう、すべてに意味や価値や関係のある物語の極致が、海外ならディケンズなどの小説や、日本なら落語の人情噺です。
落語というと、笑うものと思っている方も多いと思いますが、笑うのは滑稽噺で、そのほかに人情噺というものがあり、こちらは笑いのまったくないものもあります。たとえば『牡丹灯籠』という怪談話も、人情噺の一種です。
人情噺では、無関係に思われた人物にもすべてじつは関係があり、無意味と思われた出来事にもじつはすべて意味があります。
そこが人情噺の魅力なわけですが、今では人情噺はかなりすたれてしまいました。

なぜすたれたかというと、そんなふうにすべてに意味や価値や関係があるというのは、もはやリアリティがないと感じられてしまうからです。
現実的ではない、というわけです。
現代人は、現実というものが、もっと無意味なものであるということに、気づいてしまいました。

意味付けのアクロバット

そこに登場したのが、伊坂幸太郎ではないかという気がします。
「すべてのことに意味がある」に、もはやリアリティが感じられないのであれば、いっそ、リアリティなんかまるでないほど、飛躍した物語にしてしまったら、どうなのか?
売れない曲の存在が、地球を救う。そこにはなんのリアリティもありません。
しかし、それを無理矢理に関連づけて、意味づける。
そのむちゃさ、見事さが、楽しさと快感を生みます。アクロバットを見るような、驚きと感動です。
そして、そこまでいくと「こんなことあるわけない」という否定的な気持ちよりも、「こういうことがあるといいなあ」という夢見る気持ちのほうがわいてきます。
そこが、伊坂幸太郎作品の魅力ではないかと思います。
M・ナイト・シャマランの『サイン』という映画も、そういうふうに「すべてのことには意味がある」という映画でした。

サラサーテが地球を救う

そういう伊坂幸太郎式のアクロバット的な展開にならうなら……収録中にしゃべってしまうという、サラサーテのたんなるミスによって、内田百間が『サラサーテの盤』という代表作を書くことができ、それによって鈴木清順が『ツィゴイネルワイゼン』で復活することができ、何十年も経って、さらに伊坂幸太郎 の短編、そして映画『フィッシュストーリー』が誕生し、それを見た人によって、いつか地球が救われるのかもしれません。

CD紹介

1904年のサラサーテ自演の『ツィゴイネルワイゼン』の録音は、CDになっています。ちゃんとサラサーテの声も入っています。

『ザ・ベスト・オブ・チゴイネルワイゼン』EMIミュージック・ジャパン

サラサーテを筆頭に、いろんなヴァイオリニストよる「ツィゴイネルワイゼン」の演奏ばかりが入っているという、面白いCDです。

ザ・ベスト・オブ・チゴイネルワイゼン

サラサーテ:ザ ベスト オブ チゴイネルワイゼン
UNIVERSAL MUSIC

それから、映画『フィッシュストーリー』に出てくる逆鱗の『FISH STORY』という曲も、とってもいいです。
実際に、逆鱗の『FISH STORY』というCDがビクターエンタテインメントから出ています。
作曲は斉藤和義です。

FISH STORY

フィッシュストーリー
逆鱗×斉藤和義 
ビクターエンタテインメント
著者新刊案内
『絶望書店: 夢をあきらめた9人が出会った物語』

頭木弘樹・編
単行本:240ページ
出版社:河出書房新社 (2019/1/23)

『トラウマ文学館』

頭木弘樹・編
文庫:395ページ
出版社:筑摩書房 (2019/2/8)

ミステリー・カット版 カラマーゾフの兄弟

ミステリー・カット版 カラマーゾフの兄弟

単行本(ソフトカバー):272ページ
出版社:春秋社 (2019/3/16)

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