イベント
2021.03.18
神奈川県立音楽堂/特集「ホールよ、輝け!」

木の壁から伝わるハートに響く音......音楽を灯し続ける神奈川県立音楽堂

横浜港を見下ろすロケーションや、美しい歴史的名建築が印象的な神奈川県立音楽堂。抜群の音響体験を多くの人に届けるための多彩なプログラミングについて、また、コロナ禍に実現したリモートによるスペシャルセッションなどについて、事業担当主幹の井上はるかさんに伺った。

取材・文
山崎浩太郎
取材・文
山崎浩太郎 音楽ジャーナリスト

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...

音楽堂室内オペラ・プロジェクト第4弾《シャルリー~茶色の朝》より。
©derrière Rideau

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

音楽の響きと人が出会い、ケミストリーが生まれる場所

横浜港を見おろす掃部山公園の脇に建つ神奈川県立音楽堂は、1954年に公立施設では日本初の本格的な音楽専用ホールとして開館した。前川國男設計による歴史的な名建築と美しい音響で知られ、開館から今年で67年、多くのファンから愛されてきた。

室内楽の演奏会も多く行なわれているこのホール、「室内楽というのは2人以上であれば、どんな組み合わせでも可能です。室内楽に適した音響と歴史をもつホールとして、その自由な可能性を楽しんでもらいたいと思っています」と語るのは、事業担当主幹・プロデューサーの井上はるかさん。

天井、壁はすべて木で作られたホール内部。
©青柳聡
1054席の親密な空間で数多くの公演が行なわれてきた。
©青柳聡

コロナ禍でその場が奪われたとき、大切に考えるようになったのは、「やはりナマの音は特別なものだということ。その音楽がどういう曲なのかとか、そうした中身を知らなくても、ホールの響きに包まれるというのは、本質的な体験だと思います。自分も横浜育ちなので、子どものときにこの音楽堂で聴いた音、木の壁から伝わってきた、ハートに響く音というのが、原体験になっています」。その感動を、若い世代を含めた多くの人に知ってもらいたいと考えている。

「音楽というのは、人が集うことによって成りたつものです。集まって、そこでケミストリーが起きる。ホールはその原点です」。

お話を伺ったのは、神奈川県立音楽堂の事業担当主幹・プロデューサー井上はるかさん。
©︎︎ヒダキトモコ

リモートで実現した音楽堂とアメリカを結んだスペシャル・セッション

コンサートが中止になっていく期間にも、新たな企画が生まれた。

たとえば、アメリカにクロノス・クァルテットという、現代音楽の分野ではレジェンドとなっている弦楽四重奏団がある。彼らが現代アメリカを代表する作曲家のひとり、テリー・ライリーの《サン・リングズ》を日本初演するコンサートが昨年10月に予定されていたのだが、来日できないためにいったん中止となった。

ところが、「この作品で共演する予定だった、日本の『合唱団やえ山組』がオンラインで練習を続けていることを知ったクロノスのメンバーが、それなら自分たちともオンラインで共演できるじゃないかと言ってくれたんです」。

©︎︎ヒダキトモコ

そこでアメリカと日本でそれぞれに演奏を収録し、ひとつにあわせた「スぺシャル・セッション映像」がつくられ、コンサートが予定されていたその日に神奈川県立音楽堂のスクリーンで公開された。

またYouTubeでは、8年前から「Ongakudochannel」を開設して、アーティストのインタビューなどを公開してきた。上記の「クロノス・カルテット×合唱団やえ山組/テリー・ライリー『サン・リングズ スペシャル・セッション』も、ここで2021年3月末まで公開中だ。

昨年10月からは指揮者の三ツ橋敬子さんが、キャラクターの”けーこちゃん”とオーケストラの魅力を紹介する「オーケストラ♡大好き!」シリーズを新たに制作し、好評を得ている(公開は2021年3月末まで)。これは県立音楽堂の人気公演「三ツ橋敬子の夏休みオーケストラ!」の映像版となるものである。

若い世代には無料招待枠を用意する自主企画

若い世代に向けたワークショップも開催予定の室内オペラ《シャルリー~茶色の朝》

来シーズンの主催事業のなかで、注目してほしい企画をあげると、まずは2021年10月30日、31日の「室内オペラ・プロジェクト」で上演される、フランスの気鋭の作曲家ブルーノ・ジネの《シャルリー~茶色の朝》

これは、ごくふつうの市民が「何も考えなかったために」ファシズムに巻き込まれていく怖さを、子どもでもわかる、やさしい言葉で描いたフランク・パブロフの物語を原作とする室内オペラ。器楽奏者5人とソプラノ歌手1人によって上演される。

「40分くらいの短いオペラなので、全体を3部構成とし、第1部で室内楽、第2部でオペラ、第3部では作曲家とゲストによるクロストークを行ないます。公演の前には、学校などで原作の日本語版を朗読したり、美術のワークショップをすることを考えています。そしてワークショップに参加した子どもたちを、公演に招待します」

若い世代に音楽に親しんでもらうために、この室内オペラ・プロジェクトを含めた主催公演では、高校生から小学生までの生徒児童を無料で招待する枠を設定している。

名オーケストラによる名曲でコンサートの第一歩を

この主催公演と共催公演を組み合わせて開催されるのが、海外の一流アンサンブルやソリストによる「音楽堂ヘリテージ・コンサート」のシリーズだ。

王道から現代音楽まで、多彩で個性豊かな演奏と曲目が特徴。このなかでは、ドヴォルザークのチェロ協奏曲や、交響曲第9番《新世界より》などを演奏するプラハ・フィルハーモニア管弦楽団(9月18日)。ヴィヴァルディの「四季」などを取りあげるイ・ムジチ合奏団(9月26日)の2つは、初心者にも親しみやすい、おなじみの名曲ばかりのコンサート。「ぜひホールに来てください。そして、音に包まれる喜びを知ってください」。

名建築で気軽に音楽を楽しめる「DJナイト」も!?

今年からの新シリーズにもうひとつ、「子どもと大人の音楽堂」がある。

7月末に計画中の「子ども編」は、名建築・音楽堂を開放し、子連れの家族皆で楽しんでほしい催しだが、2022年3月に開催する「大人編」は、20代からの若い世代に遊びに来てほしい。美術家の小金沢健人のアートディレクションにより、おしゃれに飾られたホールで、クラシックに限らず多彩な音楽が楽しめる「DJナイト」なども出現するかもしれないという。

2019年の「オープンシアター2019」より。名建築・音楽堂の空間をいっぱいに使って、子ども連れの家族が楽しんだ。
©︎青柳聡

「音楽堂は80年、100年と続く長い活動をめざして、2018年から19年にかけて大改修を行ない、電気や空調関係を直しました。そのため、換気などの感染防止策は万全を期すことができます。コンサートは不急ではあっても、不要ではありません。やるべきことをやっていれば、ホールでのクラスターは起きていません。ルールを守って、お客さまとともに、音楽の灯を絶やさないでいきたいと思います」

神奈川県立音楽堂

[座席数]1054席(固定席966、可動席88)、立ち見52人

[オープン]1954年

[住所]〒220-0044 横浜市西区紅葉ヶ丘9-2

[運営](公財)神奈川芸術文化財団

[問い合わせ]045-263-2567(代表)

https://www.kanagawa-ongakudo.com/

取材・文
山崎浩太郎
取材・文
山崎浩太郎 音楽ジャーナリスト

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ