イベント
2022.06.09
7月2日(土)開催/神奈川県立音楽堂のシリーズ「新しい視点」レポート

新しい発想によるパフォーマンスを公開プレゼン! さらに磨かれた本公演を観に行こう

7月2日(土)に3組のパフォーマンスが上演される、神奈川県立音楽堂「新しい視点」シリーズ。その前段となる公開プレゼンテーションの様子をレポート!

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

取材写真提供:神奈川県立音楽堂 photo: ヒダキトモコ

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

「新しい視点」で 若い世代を発掘!

音楽家と聴衆とが双方向に働きかけながら音楽文化を創造する試み「新しい視点」シリーズが、神奈川県立音楽堂でスタートしました。

JR桜木町駅からほど近い神奈川県立音楽堂。©️畑亮

新たな文化を生み出すエネルギーに満ちた街、横浜にふさわしく、若い世代のアイデアを発掘していく〈紅葉坂プロジェクト Vol.1〉が実施されています。

これは、プロ/アマ問わず若い音楽家たちから公演企画を募集し、昨年末の審査を通過した3組の企画が、2月27日に公開プレゼンテーションの催し「ワーク・イン・プログレス」で聴衆との対話を通じてブラッシュアップを重ね、7月2日に行なわれる本公演で披露されるというもの。

企画委員は、作曲家の一柳慧さん、音楽学者の沼野雄司さん、指揮者・鍵盤楽器奏者・作曲家の鈴木優人さんの3名です。 

2月の「ワーク・イン・プログレス」では、3組それぞれの公演内容について詳しく解説するとともに、一部パフォーマンスも行なわれました。

客席には事前に募った「モニター観客」が座り、企画者への質問や意見を投げかけたほか、「モニターシート」が配布され、感想や意見を記入して伝える仕組みも用意されました。企画委員の沼野さんと鈴木さんとの質疑応答もその場で行なわれ、企画者の意図がより深掘りされるとともに、パフォーマンスをより良くするためのアドバイスが送られました。

企画委員で音楽学者の沼野雄司さん。
同じく、指揮者・鍵盤楽器奏者・作曲家の鈴木優人さん。

ユポドラムによる描く行為=演奏する行為

最初に行なわれたプレゼンテーションは、ささきしおりさん(作曲家)による「ドローイング サウンド パフォーマンス/描線の音楽」です。

ステージに登場した楽器は、ユポ紙という水に強い合成紙を貼ったバスドラムです。ささきさんはこれを「ユポドラム」と名づけました。奏者はグラファイト顔料を塗りつけたさまざまな道具で、ドラムの表面に「線」を好きなように描きます。

ユポドラムに顔料を塗る3人の奏者。

スポンジやたわしや突起のついた球体などによって描かれる点や線は、それぞれにユニークな軌跡を残します。重要なのは、そうした道具がドラムに触れるとき、独特な「音」も同時に響くこと。道具の素材によっても、こすったり、弾ませたり、引いたりといったアクションによっても、「線」や「音」は姿を変えます。

ささきさんは、ユポドラムによって、「音は消えてしまうが、紙の上にその時間は堆積される」と語り、視覚と聴覚、また奏者にとっては触覚ともつながった全感覚的な体験がなされるというコンセプトが説明されました。

説明に続いて5分ほど、実際にユポドラムによるドローイング・サウンド・パフォーマンスが披露されました。カメラがドラムの真上に設置され、その映像は客席に見えるようにスクリーンに投影されています。3人の奏者(今村俊博さん、小栗舞花さん、西木史未さん)の道具や所作がよく見えるような工夫もなされていました。

舞台上にはスクリーンが設置され、ドローイングの様子を見ることができた。
ささきしおりさん(作曲家)。

パフォーマンス後には、企画委員の沼野さんから「視覚と聴覚の結びつきと重層的な時間の体験は、想像よりもはるかに面白かった」、鈴木さんから「線と音とのアンサンブルが知覚できた」という感想がありました。

また、客席からは「描き方や鳴らし方に制約を感じたけれど、3人で奏する上でのルールはあるのですか」などの質問が寄せられ、ささきさんから「今回は、線を描くことそのものよりも、音が鳴った事実を見る、ということに重点を置きました」と説明がなされました。

なお、この日はユポドラム体験会も実施され、開演前には企画委員のお二人が、開演後にはモニター観客も、ホワイエで体験ができた。
過去に行なわれたユポドラムのパフォーマンスによって描かれた線の軌跡も、「作品」としてホワイエに飾られ、鑑賞できるようになっていた。

弦楽器と電子音響の呼応する響き

2組目は、佐原洸さん(作曲・電子音響デザイン)と河村絢音さん(ヴァイオリン)によるプレゼンテーション「kasane(かさね) 呼吸する弦楽器と電子音響」です。「kasane」は、河村さんの演奏するヴァイオリン独奏に、佐原さんがコントロールする電子音響の層を重ねて表現を行なう演奏企画です。

この日のプレゼンに、河村さんはパリからオンラインで参加されました。

佐原洸さん(左)と河村絢音さん(中央)。

佐原さんは「電子音響は、マイク、ミキサー、パソコン、スピーカーなどの機材を用いて演奏する、さまざまな可能性を秘めたもの。楽器の生音をリアルタイムに合成したり、事前に作った音響を合わせたり、また演奏会場の空間の響きを利用することもできます。器楽と電子音とが呼応しあう『ミクスト音楽』の魅力は、音色や空間表現が拡張されるところにあります」と説明。

作曲・電子音響デザインの佐原洸さん。

それに続いて、ヴァイオリンを独奏する河村さんは「楽器の音と電子音響は互いに呼応し、両者の音の境目は曖昧になり、奏者も錯覚を起こすこともあます。演奏の際には、舞台上に私一人が立ちますが、実際には佐原さんがコントロール席で電子音を調整します。楽器の音をどう響かせるか、最終的な判断は佐原さんにかかっています」と紹介しました。

公演本番は、ルイス・ナオン、ヴィンコ・グロボカール、フィリップ・マヌリという作曲家3名の4作品を演奏予定とのこと。電子音については作曲家による指示がスコアに書かれていますが、実際の演奏においては、佐原さんと河村さんのセッションによって生み出される即興的要素がありそうです。作品はいずれも日本初演であり、新しい聴体験が約束されています。

佐原さんはさらに、「電子音響パートを、ぜひ実際にみなさんに体験していただきたい。当日はホワイエに機材を用意するので、実際に触れていただきます。体験すると作品の『聴き方』が変わるので、これも私たちのプロジェクトの内容の一つです」と語りました。

この日は、ナオンの「カプリスI」のお二人による演奏が、事前収録した動画で紹介されました。舞台上と客席に設置された6チャンネルのスピーカーで再生され、楽器の音と電子音との不思議で気持ちのよい響きがホールを満たしました。

事前収録した動画を、音楽堂の客席に置かれた6チャンネルのスピーカーで再生した。

このプレゼンに対し、沼野さんからは「新しい視点として、佐原さんが新作をつくるのはどうか」、鈴木さんからは「ぜひライヴエレクトロニクスの面白さを日本の聴衆に伝えてほしい。器楽と電子音響の関係性をシンプルに提示してもらうのもいいかもしれない」という提案がなされました。

また客席からは、器楽と電子音響のバランスについて、お二人の即興性について、などの質問がなされ、佐原さんからは「ケースバイケースですが、演奏の中で決めていきます」とコメントがなされました。

響きと空間の相互作用を、一つの物語に

3組目は、滝千春さん(ヴァイオリン)、中野翔太さん(ピアノ、ローズピアノ)による「音+音〜“響き”を通して知る音楽の根源 そして新たな“”響きの探求」です。お二人に加え、2002年生まれの作曲家・梅本佑利さんもプレゼンテーションに参加されました。

左から作曲家・梅本佑利さん、中野翔太さん(ピアノ、ローズピアノ)、滝千春さん(ヴァイオリン)。

滝さんと中野さんが最初にコンセプトの核として据えたのが「響きと空間」。そこに梅本さんが加わり、響きと空間の相互作用に焦点を当てながら、西洋音楽の進化のあり方を、一つの物語として描き出すプログラムを構想しています。

曲目の一つに、ジョヴァンニ・ガブリエリ作曲の「フォルテとピアノのためのソナタ」(金管楽器のための作品を、梅本さんがヴァイオリンとピアノ用に編曲)があります。

ヴェネツィア楽派の作曲家ガブリエリによる音楽が、サン・マルコ大聖堂の建築様式を生かすことでステレオ・サウンド効果をもたらしたことに着目し、ここでは空間的な音楽作品の象徴として取り上げます。7月の本公演では、マルチチャンネル・スピーカーを利用してサン・マルコ大聖堂の空間を再現予定

この日のプレゼンテーションでは、スピーカーを利用せずに、滝さんと中野さんが生演奏で披露しました。

サン・マルコ大聖堂の左右対称な図面を映像で映しながら、ガブリエリ作曲の「フォルテとピアノのためのソナタ」を演奏。

また、中野さん所有のローズ・ピアノによるドビュッシーの「月の光」も演奏されました。中野さんは、アコースティックとデジタルの両要素をもつローズ・ピアノを音楽ホールという空間で演奏することも、この「物語」の一場面に加えたいと考えています。梅本さんによる新作も、ローズ・ピアノの使用を前提としています。

中野さんが持参したローズ・ピアノ。

梅本さんは、本企画のコンセプトから、作曲家の山根明季子さんにも新作を依頼したいと考えました。現代の消費社会の象徴として「ゲームセンター」を据え、その音響空間で演奏するピアノとヴァイオリンの作品を依頼。本公演ではゲームセンターの音響をスピーカーで再現します。

梅本さんの新作では、観客の半分にスマホを活用したVRヘッドセットを装着してもらい、残り半分にはあえて装着させないことで、想像的パラレル・ワールドを生み出したいとのこと。ガブリエリから梅本作品までのすべては、「まるで映画を見ているように物語として提示したい」と語られました。

2002年生まれの作曲家・梅本佑利さん。

3名のプレゼンに対し、沼野さんは「ローズ・ピアノの使用と、梅本さんの新作やそのほかのプログラムとの接合がスムーズにいくとよいのでは」、鈴木さんからは「3人にしか挑戦できないことが起こりそうで楽しみ。物語の提示の仕方も興味深い」といったコメントが寄せられました。

本公演は7月2日!

3組それぞれにユニークな発想の詰まった企画の全貌は、7月2日の本公演で明らかとなります。今回のプレゼンテーションで提示された、プロセスの途上にあるプロジェクトの姿から、はたしてどのような進化・深化・新化を遂げるのでしょうか。本公演パフォーマンスに期待が高まります!

公演情報
シリーズ「新しい視点」 紅葉坂プロジェクト Vol.1

日時: 2022年7月2日(土)15:00開演(17:30終演予定)

会場: 神奈川県立音楽堂

料金: 全席自由 2,500円 ほか

 

プログラム:

#1 呼応する弦楽器と電子音響

kasane(河村絢音、佐原洸)

[演奏曲]

  • ルイス・ナオン:カプリッチョ I, II (2007)
  • ヴィンコ・グロボカール:カルトムラン・クロワゼ(2001)
  • 佐原洸:委嘱新作(2022)
  • フィリップ・マヌリ:パルティータ II(2012)

※エレクトロニクスの体験コーナーを2階ロビーに設置。開場・休憩中および終演の際に体験可能

 

#2 ドローイング サウンド パフォーマンス/描線の音楽

ささきしおり

[演奏曲]

  • 描線をきく 32”-4

※『ドローイングサウンドパフォーマンス/描線の音楽』ユポドラム演奏者を募集! 詳細は追ってこちらで案内

 

#3 “響き”を通して知る音楽の根源 そして新たな“響き”の探求

「音+音」(滝千春、中野翔太)

[演奏曲]

  • グレゴリオ聖歌
  • G. ガブリエーリ:ピアノとフォルテのソナタ(梅本佑利編曲)
  • W.A. モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 18番 KV.301 ト長調 第1楽章
  • 山根明季子:新曲
  • 梅本佑利:新曲
  • C. ドビュッシー: 「ベルガマスク組曲」より “月の光”(ローズ・ピアノ)

 

+α(プラスアルファ)の2企画/展示体験型、参加体験型パフォーマンスも追加

+1 あの水は何処に落ち、何処から湧くか/PAO-C(中川丘/野呂有我)

+2  桜木町で『In C』を演奏しましょう!/西原尚

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ